執行猶予とは?違いや注意点を解りやすく解説します
刑事事件の判決で「執行猶予」という言葉を耳にすることがあります。これは、有罪判決でありながらも、刑務所への収容を一定期間猶予し、その間に問題を起こさなければ刑の執行が免除される制度です。被告人にとっては社会生活を維持しながら更生を目指せる大きな機会となりますが、その意味や条件、期間中の生活について正しく理解しておくことが重要です。
目次
執行猶予について
執行猶予とは、有罪判決に基づく刑の執行を一定期間(1年以上5年以下)猶予し、その猶予期間中に再度罪を犯すことなく過ごせば、刑の言い渡し自体が効力を失う制度です。つまり、直ちに刑務所に収容されるのではなく、社会の中で更生の機会が与えられるということです。
ただし、無罪放免であった場合とは異なり、猶予期間中に一定の条件に違反すると、執行猶予が取り消され、猶予されていた刑に加えて新たな刑が科される可能性もあります。
刑の一部執行猶予制度とは
刑の一部執行猶予制度(刑法27条の2)とは、判決で言い渡された刑期の一部について執行を猶予し、残りの期間は実際に服役するという制度です。例えば、「懲役3年のうち、1年間は刑務所に服役し、残りの2年間は執行を猶予する」といった形になります。
この制度の目的は、刑務所での処遇と社会内での更生支援を組み合わせることで、再犯防止と円滑な社会復帰を促進することにあります。条文上、保護観察は任意とされていますが、猶予期間中は、原則的に保護観察が付されるとの運用がなされています。これにより、社会生活への適応を助け、再犯に至らないようサポートが行われます。
執行猶予と懲役・実刑の違い
実刑とは、刑事裁判ですぐに刑務所に収容される判決が下されることです。実刑の一つとして懲役刑があります。懲役とは、刑務所に収容され、所定の作業を行わなければならない刑罰です。
一方、「執行猶予」は、懲役刑や禁錮刑の判決が下された場合でも、刑務所に収容されず、その執行が一定期間猶予される制度です。この期間を問題なく過ごせば、刑の執行は免除されます。
執行猶予の考え方
例えば、「懲役2年・執行猶予4年」という判決が下された場合、これは「あなたは懲役2年の刑に処せられますが、その刑の執行を4年間猶予します」という意味になります。
この4年間を、執行猶予期間と呼びます。この期間中に、執行猶予の取り消し事由に該当するような新たな罪を犯したり、保護観察中の遵守事項に違反したりすることなく過ごせば、懲役2年の刑の言い渡しはその効力を失い、刑務所に行く必要はなくなります。
しかし、もし猶予期間中に罪を犯すなどして執行猶予が取り消されると、猶予されていた懲役2年の刑が執行されることになります。
執行猶予の期間について
執行猶予の期間は、法律で1年以上5年以下と定められています(刑法25条1項)。そのため、何十年もの長期間にわたって執行猶予が付されることはありません。最長でも5年です。
この期間設定の理由は、あまりに長期の猶予期間は、かえって本人の社会復帰を不安定なものにし、更生の意欲を削ぐ可能性があるためとされています。また、執行猶予制度の目的は、社会内での更生を促すことにあり、一定の期間で区切りを設け、その間の努力を評価するという趣旨にも合致しています。
日常生活に制限はあるか
執行猶予期間中の日常生活は、基本的に制限されません。しかし、「保護観察付執行猶予」となった場合は、通常の執行猶予とは異なり、一定の制限が生じます。
保護観察付執行猶予では、保護観察官や保護司による指導監督を受け、定められた遵守事項を守る必要があります。遵守しなかった場合、情状次第では執行猶予が取り消されることがあります(刑法25条の2第2号)。
仕事・就職への影響
通常の執行猶予の場合、法律上の制限はなく、原則としてこれまで通り仕事を続けることができますし、新たに就職することも可能です。ただし、執行猶予付きの有罪判決を受けたという事実は「前科」となりますので、一部の職業では資格制限に該当し、就けない場合があります(例:公務員、弁護士、医師など)。
保護観察付執行猶予の場合も、仕事や就職自体が禁止されるわけではありませんが、保護観察官に職業や収入について報告する必要があり、場合によっては仕事に関する指導を受けることもあります。
公務員の場合、禁錮以上の刑に処せられた者は、執行猶予期間中であっても、その職を失うことが法律で定められています(国家公務員法第76条、地方公務員法第28条4項)。これは「失職」といい、執行猶予付きの有罪判決が確定すると、原則として公務員の職を続けることはできません。
就職活動において、執行猶予期間中であることや前科について、自ら積極的に申告する法的義務はありません。しかし、虚偽の申告をした場合、経歴詐称として採用取り消しや解雇の理由となる可能性があります。
海外旅行
執行猶予中の場合、パスポートを取得することができない場合があります。「拘禁刑以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者」(旅券法13条1項3号)については、パスポートを発給しないことができると規定されています。
また、通常の執行猶予の場合、海外旅行に行くこと自体に法律上の制限はありません。しかし、保護観察付執行猶予の場合は注意が必要です。保護観察の遵守事項として、7日以上の旅行をする場合には、あらかじめ保護観察所の長に許可を受けなければなりません(更生保護法50条1項5号)。
引っ越し
通常の執行猶予の場合、引っ越しをすることに法律上の制限はありません。自由に転居することができます。一方、保護観察付執行猶予の場合は、引越しをする際には、あらかじめ、保護観察所の長の許可を受ける許可を得る必要があります(更生保護法50条1項5号)。無断で引っ越しをすると、遵守事項違反とみなされ、ペナルティが科されることがあります。
ローンは組めるか
執行猶予期間中であるという理由だけで、ローンが組めなくなるという法律上の制限はありません。金融機関がローンの審査を行う際には、申込者の収入、勤務先、信用情報などを総合的に判断します。執行猶予付きの有罪判決を受けたという事実(前科)は、信用情報機関に事故情報として登録されるわけではありません。しかし、ローンの種類、金融機関の審査基準によっては、審査に影響が出る可能性は否定できません。
弁護士への依頼で執行猶予がつく可能性が上がります
刑事事件で起訴されてしまった場合、執行猶予が付くか否かは、その後の社会生活を大きく左右します。しかし、どのような場合に執行猶予が認められるのか、その条件や判断基準は複雑です。弁護士に依頼することで、過去の判例や専門的な知識に基づき、被告人に有利な事情を効果的に主張し、執行猶予獲得に向けた具体的な弁護活動を展開することができます。早期の段階から弁護士に相談し、適切なアドバイスとサポートを受けることが、執行猶予を得る可能性を高める上で非常に重要です。
執行猶予を付ける条件
執行猶予は、まず、法律で定められた条件を満たす必要があります。
①前に禁錮以上の刑に処せられたことがないか、または、前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日またはその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがないこと(刑法25条1項1号、2号)②今回言い渡される刑が、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金であること(刑法25条柱書)です。
また、前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるとき(刑法25条2項本文)も同様です。
これらの条件を満たした上で、裁判官が、犯行の動機、態様、結果の軽重、被告人の年齢、性格、境遇、反省の状況、更生の可能性などを総合的に考慮し、社会内での更生が相当であると判断した場合に執行猶予が付きます。
取り消される場合について
執行猶予には取消事由があります。取消事由には、必要的取消事由と裁量的取消事由があります。
必要的取消事由に該当する場合には、執行猶予は必ず取り消されます。裁量的取消事由に該当する場合には、裁判所の裁量により執行猶予を取り消すか否かが判断されます。
必要的取消事由には、猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないときなどがあります(刑法26条1号)。裁量的取消事由には、猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたときなどがあります(刑法26条の2第1号)。
執行猶予が取り消されたら
執行猶予が途中で取り消されると、猶予されていた刑が執行されることになります。つまり、言い渡されていた懲役刑や禁錮刑について、実際に刑務所に収容されることになるのです。執行猶予期間を一部経過していたとしても、その分が刑期から差し引かれることは基本的にありません。ただし、刑の一部執行猶予の場合には、既に服役した期間が考慮されることになります。
執行猶予をつけてもらう方法はある?
執行猶予が付くかどうかは、法律上の条件を満たした上で、最終的には裁判官の総合的な判断によります。しかし、積極的に働きかけることで、執行猶予が付きやすい状況を作り出すことは可能です。
被害者との示談交渉
被害者がいる犯罪の場合、被害者との間で示談を成立させることは、執行猶予を得るために非常に重要な要素となります。示談が成立し、被害者が被告人の処罰を望まない、あるいは寛大な処分を求める意思を示していることは、被告人が反省し、被害回復に努めていると評価され、裁判官の心証に良い影響を与える可能性が高まります。
しかし、加害者本人やその親族が直接示談交渉を行うことは、被害者の感情を逆なでしたり、交渉が難航したりするケースが少なくありません。弁護士に依頼することで、冷静かつ専門的な立場で被害者と交渉を進め、適切な内容での示談成立を目指すことができます。
被害弁償・贖罪寄付
被害弁償とは、被害者に対して金銭的な賠償を行い、損害を補填することです。贖罪寄付とは、被害者がいない犯罪や、被害者が示談に応じてくれない場合に、被告人が反省の情を示すために、公益団体などに金銭を寄付することです。
これらの行動は、被告人が自らの罪を償おうとする具体的な意思表示として評価され、執行猶予の判断において有利な情状となることがあります。特に、被害弁償は被害者の経済的な損害を回復させるものであり、真摯な反省の態度を示すものとして重視されます。弁護士に依頼することで、適切な被害弁償額の算定や、贖罪寄付先の選定、手続きなどをスムーズに進めることができます。
監督人がいることの主張
被告人が社会内で更生していくためには、家族や雇用主など、日常生活を監督する人の存在が重要です。このような監督人がいることを具体的に裁判で主張し、その監督体制が実効的であることを示すことで、裁判官に対して、社会内での更生可能性が高く、再犯のおそれがないという印象を与えることができます。
弁護士であれば、被告人の家族や関係者から事情を聴取し、具体的な監督計画を作成したり、情状証人として法廷で証言してもらったりするなど、監督体制が整っていることを効果的に裁判官に伝えることが可能です。これにより、執行猶予付き判決の可能性を高めることができます。
執行猶予をつけるために弁護士が交渉致します
執行猶予付き判決を獲得するためには、専門的な知識と経験に基づく弁護活動が不可欠です。弁護士は、被害者がいる場合には示談交渉を代理人として行い、検察官や裁判官に対しては、被告人の反省の情や更生の意欲、具体的な監督環境などを説得的に主張します。弁護士は、有利な事情を最大限に引き出すお手伝いをいたします。
執行猶予についてよくある質問
なぜ罪を犯しているのに執行猶予という制度があるのですか?
執行猶予制度の主な目的は、罪を犯した人に対して、直ちに刑務所に収容するのではなく、社会の中で更生の機会を与えるということにあります。社会から隔離するよりも、社会生活を継続させながら立ち直りを支援する方が、適した場合があると考えられています。もっとも、あくまで有罪であり、その責任を自覚し、更生に努めることが前提とされています。
執行猶予中に逮捕された場合は、逮捕された時点で執行猶予取消しとなりますか?
執行猶予中に逮捕されたとしても、その時点で直ちに執行猶予が取り消されるわけではありません。執行猶予が取り消されるのは、逮捕された事件について、最終的に禁錮以上の刑(執行猶予なし)や罰金刑などの有罪判決が確定した場合です。逮捕されただけでは、まだ有罪が確定したわけではないため、その後の捜査や裁判の結果を待つことになります。ただし、逮捕されたという事実は、その後の裁判で不利な情状として考慮される可能性はあります。
懲役以外でも執行猶予が付く刑罰はありますか?
懲役刑だけでなく、3年以下の禁錮刑や50万円以下の罰金刑についても付されることがあります。(刑法25条1項柱書)。禁錮は、懲役と異なり、刑務作業の義務がない刑罰です。罰金刑に執行猶予が付された場合、猶予期間中に問題を起こさなければ、その罰金を支払う必要がなくなります。
何事もなく執行猶予期間を終えた場合、前科は消えることになるの?
執行猶予期間を何事もなく満了した場合、刑の言渡しはその効力を失います(刑法27条)。これにより、刑務所に行く必要はなくなりますし、法律上の資格制限なども回復することがあります。 しかし、「前科」そのものが完全に消えるわけではありません。検察庁には前科調書として記録が残ります。この記録は一般の人の目に触れることはありませんが、再び刑事事件を起こした場合に、不利益に考慮させるリスクがあります。
執行猶予をつけたいなら弁護士へ早めのご相談を!
もしあなたやご家族が刑事事件の当事者となり、執行猶予付き判決を目指しているのであれば、一刻も早く弁護士にご相談ください。執行猶予を得るためには、早期からの適切な対応と専門的な弁護活動が不可欠です。
弁護士は、事件の見通しを立て、示談交渉、有利な証拠の収集、効果的な訴訟活動など、あらゆる手段を尽くしてサポートします。不安を抱えたまま時間を過ごすのではなく、まずは専門家である弁護士に相談し、最善の道を探ることが重要です。
この記事の監修
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埼玉弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。