労務

従業員の度重なるミスに対して損害賠償を請求したい

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕

監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士

  • 問題社員の解雇・雇い止め

従業員との雇用契約において、今回は、問題社員への対応について、損害賠償はできるのか?また懲戒処分を行う上での注意点などをメインにご説明していきます。

問題社員対応事例:能力不足社員のミスで多額の損失が発生した場合

相談事例
総務課長のAが入力ミスをしていることが発覚しました。この入力ミスにより過払いが発生しています。単純な間違いなのですが、何度も間違えていることにより損害が無視できないものになっています。損害は3000万円を超えているのですが、本人に反省の色がありません。一部だけでもいいのでAに損害賠償請求をしたいのですが、可能でしょうか?
回答
従業員への損害賠償は可能か?というご相談ですが、まず結論から申し上げると可能です。
この場合、Aには民法415条に基づく債務不履行による損害賠償責任または民法709条に基づく不法行為による損害賠償責任が生じ得ます。

それでは、損害賠償請求行う上で、会社側が気を付けるべきポイントを3つあげていきます。

①労働者の損害賠償責任は本当に請求できる?

法的には、従業員が雇用主と取り交わした労働契約で定められた労働提供義務、またその付随業務に反して、雇用主に損害を与えたことによって損害賠償責任が生じるということになります。

しかしながら、従業員=労働者に損害賠償責任が生じるといっても、労働者が使用者に対して賠償すべき金額は、損害の公平な分担という見地から、信義則を根拠として制限されることになります。

実際には事案次第ということになりますが、事業を営む上で、労働者がある程度のミスをすることは避けられませんので、使用者としては、そのミスを見込んで収益を上げているとも考えられます。また、使用者としては、そういったミスについての損害を回避する方策を取ることが可能です。

そのため、労働者の地位や職務内容・労働条件や、使用者がミスの予防策を講じていたかどうか、損害が生じた場合の保険に加入していたかどうか等、雇用側が可能な限り対応できていたかどうかを考慮して損害賠償責任があるかどうかが判断されることになります。

このことを《労働者の「責任制限の法理」→労働者の損害賠償責任とその制限》といいます。

これは、つまり労働者のミス等により生じた損害であっても雇用側からの業務命令に基づいて労務を提供している中で発生しているので、その全ての責任を従業員に負わせることはない、労働者の責任の範囲を制限させようという考え方となります。

今回の相談事例では、数次の入力ミスということで、いわゆるケアレスミスであると考えられます。

そのため、従業員側で容易に防げるミスと言えます。しかも、そのようなミスを、何度もしているところも見逃せません。

先ほどご説明しました、『労働者の地位や職責』というポイントを考慮してみると、この相談事例では、総務課長という管理職についていて、かなり待遇がよい従業員であると考えられます。そのような地位の人間が何度もケアレスミスをするというのは、労働者の損害賠償責任が認められる方向に傾くと考えられます。

したがって、責任制限がなされる可能性も高いですが、本件では、一部とはいえ損害賠償請求ができる(認められる)可能性があります。

②労働者に対する損害賠償請求を行う上での注意点とは?

しかしながら、会社側からすれば、損害賠償請求は妥当と判断する事例でも、かなり慎重に進める必要があります。

「損害賠償請求の理由とした従業員のミスが本人のものであるのか?」

【本当に入力業務は総務課長一人がおこなっていたのかどうかが重要なポイント】

今回のケースと類似している、松筒自動車学校事件判決という事例をご紹介します。

この事件は、自動車教習所を運営する株式会社が、教習所の受付・レジを担当していた女性事務員が入金処理のミスを犯して、6か月の間に53回もミスをしており、その損害が多額に上ることから解雇したところ、この女性事務員から不当解雇であるとして訴訟を起こされたケースです。

判決では、不当解雇であると認定され、会社はこの従業員女性に332万円の支払いを会社側が命じられました。

この処理ミスを再度調査したところ、53回のミスのうち、明らかに女性事務員がかかわったミスは6回程度であり、そのミスも軽微なもので損害を与えるまでのものではなかったのです。このレジ担当は女性社員一人ではなく複数の従業員が対応していたのです。

このようなことは社内調査を行えばすぐに判明することです。

経営者は現場での作業をなかなか把握できない面はありますし、一部の社員の報告を鵜呑みにしてしまいがちですが、問題とすべきミスは、本当に該当社員が一人で行ったことなのかどうかは必ず確認するようにしてください。

③会社側の従業員に対する教育、研修が徹底していなかったのではないか?

「ベテラン社員への研修、教育を再検討する必要があるのか?」

今回のケースは、総務課長です。②の項目でお話したとおり、本当に総務課長が一人で入力業務をおこなっていたと立証できたならば、この総務課長が責任を取る必要が出てくるでしょう。

在職年数も長く、ベテラン社員ということになれば、その労働者の地位や職務内容・労働条件も、責任にふさわしいものになっていることが多いはずであり、総務課長が賠償責任を果たすべき場合が多いでしょう。

しかし、この課長が途中入社で1,2年の間でこの入力ミスを行っているとなると、少し話が違ってきます。

管理職であっても、入社してまだ年数がたっていないと、研修や教育が必要になってきますし、前任者との引き継ぎもできていたのか?なども確認しておかなければなりません。

また、いかにベテラン社員であったとしても会社側には、ミスの予防策を講じていたかどうか、損害が生じた場合の保険に加入していたかどうか等、可能な限り対応できていたかどうかも検討されますから、何らの研修、教育を行わないままで業務にあたらせた場合には、責任が制限される方向に傾きやすいでしょう。

ベテラン社員であったとはいえ、研修、教育を検討すべき場合があることには注意が必要です。

労働者への賠償請求を行う上での就業規則の定め方とは?

損害賠償請求を行う上で、会社側が気を付けるべきポイントをご説明してきたのですが、問題社員の対応として就業規則の定め方にも注意点があります。

就業規則は、その時代背景などにより見直しと点検を定期的に行う必要があります。

就業規則が適切に整備されていれば、紛争にならなかったであろうケースも多くあります。インターネットでダウンロードした就業規則の雛形をそのまま使ったために、自社の実情に合っていない就業規則を使用している企業もすくなくありません。

紛争の予防・解決という観点から次にあげる8点に関しては徹底的に見直す必要はあります。

  1. 採用、入社に関する規定
  2. 試用期間に関する規定
  3. 配置転換に関する規定
  4. 休職に関する規定
  5. 退職に関する規定
  6. 解雇に関する規定
  7. 懲戒処分に関する規定
  8. 服務に関する規定

これらの規定をきっちり社風に合った内容に設定しておき、会社の資産にかかわる業務を行う部署の責任者、従業員に関しては、入社時に連帯責任がとれる保証人と連名にした誓約書をとるようにしておくことも必要です。

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕
監修:弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長
保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
埼玉弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
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