監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
- 問題社員の解雇・雇い止め
内定を出したはいいものの、事後的な事情変更に伴って、採用内定を取り消したいという企業もあるのではないでしょうか。
以下では、採用内定を取り消せるかどうかについてご説明いたします。
目次
内定者の問題行為を理由に内定を取り消せるのか?
そもそも内定とは?
内定とは、人材を募集したことに対して、応募してきた人物を選考して、社員とすることを仮約束している状態だと理解している方はおおいのではないでしょうか。 まだ、雇用契約書を取り交わしていないのだから・・・と思われるかもしれませんが、この考え方は少し間違っています。《内定を契約の予約だと判断するのは非常に危険》
人材募集は、労働契約申し込みの誘因となり、希望者が応募してくることは労働契約の申込みということになります。この申込みに対して、企業側が選考した結果、採用を内定することで申込みに対する承諾をしたということになります。すなわち、内定を出した段階で労働契約が締結されていることになります。
ただ、この契約は、一般に、始期付であり解約権留保付とされます。
解約権の留保
内定を出すことで契約締結は完了しているといっても、採用内定通知書等に記載されている採用内定取消事由が生じた場合や、大学卒業見込みの段階で就職活動を行っている新卒者が、大学を卒業できなかった場合などには解約できるとされています。
このように採用する側の企業は一定の場合に労働契約を解約することができる解約権を有することになります。
《内定取消事由に該当する事例》
- ・入社日までに在籍校を卒業できないとき(令和○年○月○日までに卒業と日付は明記する)
- ・健康状態が内定段階よりも著しく低下、就労が不可能になったと会社が判断したとき
- ・履歴書や申告した事実に虚偽の事実があるなど経歴詐称の事実が判明した場合
- ・刑事処分(逮捕または有罪判決など)
- ・会社の名誉、信用を毀損(きそん)するような行為を行った事実が判明した
- ・会社の経営状況が悪化した場合
- ・その他前各号に準ずる事由が存することにより、入社することが適さないと会社が判断した場合
内定取消に対する法的制約
《内定取消しは解雇と同様の性質》
ただ、採用内定も労働契約の成立であることから、採用内定の取消しは、この留保解約権の行使の適法性の問題として「解雇権濫用法理」に準じた制約を受けます。もっとも、未だ就労を開始していない内定者であることから、一般の解雇と比べてより緩やかな基準で適法性が認められる傾向にあります。
《内定取り消しには合理的、客観的な社会通念上妥当だという理由が必要》
例えば、業績悪化を理由とした採用内定の取消しについても、整理解雇に準じた検討が必要となります。
内定者側の事由により内定取消が認められるケース
犯罪行為を行った場合
採用内定者が犯罪を行った場合は、採用内定を取り消さざるを得ないほど重要なものとして、採用内定の取消が認められることが多いです(電電公社近畿電通局事件参照)。
重大な経歴詐称が発覚した場合
こちらの場合も、採用内定を取り消さざるを得ないほど重要なものとして、採用内定の取消が認められることが多いです。
“悪い噂”で取消は認められるのか
他方で、悪い噂程度で取消が認められることはないと考えた方がよろしいです。
採用内定も、労働契約が成立している以上、解雇権濫用法理と同様の規制に復することになりますから、客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる場合でなければ、内定取り消しは出来ません。
したがって、事実関係が明らかでない状態=噂にすぎない事情を考慮して、取消しが認められることは考え難いです。
円満な内定取消とリスク回避の重要性
内定とはいえ、労働契約は成立しているとされますから、内定を取消した後、裁判所によって無効と判断されるリスクはあります。
出来るのであれば、円満な(合意の上での)内定取消しを行い、リスクを回避していくべきです。
内定取消で企業名が公表されるケース
厚生労働省が、内定取り消しを行った企業名を公表していることが有ります。内定取消しが「事業活動縮小を余儀なくされているとは明らかに認められない」などの場合には、求職活動をする学生の適切な職業選択に役立つよう厚生労働大臣が実施できるとされています(職業安定法施行規則等)。
また、昨今のSNS文化からすれば、内定を取消された学生が拡散を行うこともあります。
企業の風評被害を防ぐためにも、円満な内定取消を目指す必要があります。
内定取消を円満に行う方法
会社側が解約権を有しているといっても、行使するには法的制約や様々なデメリットがあり得るということをご理解いただけたと思います。
ですからできるだけ協議(話し合い)によって進めていく必要があり、内定辞退、合意により取消してもらうように交渉を進めなくてはいけません。
次にあげる5つのポイントに注意する必要があります。
内定取消の事由を予め明示しておく
内定者がこの理由なら仕方ないと納得してもらうためにも、内定取消にいたった根拠資料と照らし合わせて経緯を説明しなければいけません。
内定取消の通知は早めに行う
他企業への就職活動の機会を与えるためにも、内定を取消せなければならない事態になったらその旨を性急に伝えるようにしましょう。
内定者と直接話し合う
書面で内定取り消しを通達する必要はもちろんありますが、書面だけではあまりにも誠意、謝罪の気持ちが伝わりません。ましてや電話やメールだけなどは論外です。とくに会社側の都合であればもちろんですが、内定者に帰責性がある場合であったとしても、直接会う場を設けて、内定取消理由を伝えてください。
金銭補償等を提示する
特に入社日まで間がないような場合には、新たな就職先がすぐに見つかるとは限りません。入社予定だった対象の不利益や、精神的苦痛への配慮の趣旨も含めていくらかの金銭補償をすることも検討すべきかと思います。
トラブル防止のためにも合意書を作成
内定者から内定取消しについて同意が得られたら必ず書面で合意の意思を明確にしておきます。
SNSで自由に発言できる風潮ですから、同意は得られたものの内定者の怒りが収まっていない場合には、誹謗中傷等を禁止する旨の条項も定めておく必要もあります。
内定取消について争われた裁判例
採用内定の取消が争われた事案としてインフォミックス事件(東京地判平成9年10月31日)があります。
事件の概要
大手コンピューター会社に勤務していたAが、別会社Bからスカウトされ採用内定を得た後に、経営悪化を理由としてBから内定を取り消されたという事案です。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所は、経営悪化を理由とする採用内定取消には、整理解雇と同様の法理が当てはまるとしたうえで、Bは、人員削減の必要性が高く、従業員に希望退職等を募る一方、Aら採用内定者に相応の補償を提示し入社辞退を勧告するとともに、Xには入社を前提に職種の変更を打診したなど、採用内定の取消を回避するために相当の努力を尽くしており、内定を取り消したことには、客観的に合理的な理由があるとしました。
しかしながら、内定を取り消す前後のBの対応には誠実性に欠けるところがあること、採用内定に至る経緯や内定取消によってAが著しい不利益を被っていることを考慮すると、内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないと判断しました。
ポイント・解説
BからAに対して、入社の辞退を勧告したのは入社の2週間前であり、既に前の会社に退職届を出して後戻りができない状態に置かれたAに対してあまりに苛酷な結果を強いるとして、採用内定取消しを無効としました。
本裁判例のポイントとしては、採用内定の取消についても整理解雇と同様の法理が当てはまるとした点にあります。
内定取消を円満に行うには会社側の配慮が必要です。労使トラブル防止のためにも、まずは弁護士にご相談下さい。
以上に述べてきたように、内定であっても労働契約に変わりはない以上、円満な内定取消には配慮が必要です。
特に、風評被害を避けるうえでも、内定者に対して、配慮をした行動を会社がとることが重要です。
弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所では、労働審判等の法的紛争に関するご依頼はもちろんのこと、内定取消を行う際のサポートなどもご依頼いただくことができます。
埼玉県内で、採用内定の取消でお悩みの方は、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。
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