労務

派遣先の団交応諾義務

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕

監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士

  • 労働組合との団体交渉における対応方法について

近年、多様な働き方が広がる中で、派遣社員として働く方の割合も増加しています。
それに伴い、派遣社員の労働条件をめぐる問題も顕在化しています。

派遣社員の労働条件をめぐる問題の中で、派遣社員が加入したとする労働組合から、派遣先企業に対して、団体交渉を申し入れられたというご相談があります。
派遣社員から団体交渉を申し入れられた場合、派遣先企業に応じる義務があるのでしょうか。

本記事では、派遣先企業の団体交渉応諾義務について、労働組合法の定めや裁判例を交えながら詳しく解説します。

目次

派遣労働者からの団体交渉に派遣先は応じる義務があるのか?

原則として、派遣労働者と労働契約を締結しているのは派遣元企業です。
そのため、団体交渉の相手方は雇用主である派遣元企業となり、派遣先企業は当然に団体交渉に応じる義務を負うわけではありません。

しかし、例外的に、派遣先企業が派遣労働者の特定の労働条件について、実質的な影響力や決定権を持っている場合には、その範囲において「使用者」とみなされ、団体交渉に応じる義務(団交応諾義務)を負うことがあります。

派遣元・派遣先・派遣労働者の関係とは

派遣労働は、以下のように三者が関係する形で成り立っています。

  • ①派遣元企業と派遣労働者:
    雇用関係にあります。派遣元が賃金の支払いや社会保険の加入手続きなどを行います。
  • ②派遣元企業と派遣先企業:
    労働者派遣契約を締結しています。
  • ③派遣先企業と派遣労働者:
    直接の労働契約関係はありませんが、派遣先は派遣労働者に対して業務上の指揮命令を行います。

このように、雇用関係と指揮命令関係が分離しているのが派遣労働の大きな特徴です。

派遣先は団体交渉上の「使用者」に該当するのか?

労働組合法が定める使用者の定義

労働組合法には、「使用者」の明確な定義規定はありません。
団体交渉義務を負う者は、原則として雇用主であるとされていますが、労働契約関係と近似または隣接する関係にあるものもの団体交渉上の使用者とされる場合があるとされています。

派遣先が、労働者の基本的な労働条件に対して、実質的かつ具体的な支配力・決定権を有する場合には、労働組合法上の使用者に該当し得ると考えられています。

派遣先企業が使用者にあたるとされた判例

労働者派遣法制定前の事案ですが、雇用主以外の事業主であっても、労働組合法上の使用者に該当するとされた判例として、朝日放送事件(最判平成年2月28日)があります。

事件の概要

テレビ放送等を営む会社に、番組制作を請け負っている下請会社から派遣された従業員が労働組合に加入し、賃上げ等の労働条件の改善を議題とする団体交渉を申し入れたところ、放送会社は、下請会社の従業員の「使用者」ではないことを理由に、全ての団体交渉を拒否したため、この拒否が不当労働行為(労働組合法7条)に該当するかどうかが争われたという事案です。

裁判所の判断

最高裁は、「労働組合法七条にいう「使用者」の意義について検討するに、一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、同条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正して正常な労使関係を回復することを目的としていることにかんがみると、雇用主以外の事業主であつても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。」と定義し、放送会社は、「雇用主である請負三社と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にあつたものというべき」と判断し、放送会社が労働組合法上の「使用者」であるとしました。

ポイント・解説

派遣労働においても、下請会社から派遣されている労働者に関しても、派遣先や元請会社との間に雇用関係があるわけではなく、原則として使用者とはなりません。
しかしながら、実際に、派遣先や元請け会社が直接労働条件を決定しているような場合には、同会社と団体交渉を行わなければならないことがあります。

本件も、番組制作業務に関する勤務の割り付けなど就労に係る諸条件は、放送会社が決定できたことから、その部分の団交には応じるべきであったとして、例外的に使用者性を認めたところにポイントがあります。

派遣先が団体交渉に応じるべきとされる労働条件

上記最判の法理に基づけば、派遣先が具体的に支配、決定することが出来る条件に関しては、団体交渉に応じるべきでしょう。

例えば、派遣社員が業務に従事している職場の労働環境、安全配慮義務の改善についてや、派遣先の社員からのセクハラやパワハラについては、派遣先が団体交渉に応じるべきと考えられます。
その他、派遣先会社が決定できる労働条件についても団交に応じるべきとされるでしょう。

派遣先の団交応諾義務に関するQ&A

以下、派遣先の団交応諾義務に関するよくある質問に回答します。

派遣社員が加入する労働組合からの団体交渉に、直接雇用ではないとの理由で拒否することは可能ですか?

事案によりますが、無条件に拒否はできません。
前記したとおり、派遣先が派遣社員の特定の労働条件について実質的な支配決定権を有している場合、その事項に関する団体交渉を「直接雇用ではない」という理由だけで拒否することは、正当な理由のない団交拒否(不当労働行為)にあたる可能性があります。

派遣社員の労働条件について派遣先が決定権を有している場合、団体交渉に応じなければなりませんか?

応じなければなりません。
派遣先が実質的に決定できる労働条件については、派遣先が団交応諾義務を負うと考えらます。

団体交渉で派遣社員が要求する内容を認めない場合、不当労働行為にあたるのでしょうか?

労働組合法上、団体交渉に応じるべき義務はありますが、要求を受け入れる義務はありません。
もちろん、誠実に交渉していく必要はありますが、経営上の理由など合理的な理由があれば、要求する内容を認めなくとも、不当労働行為には当たりません。

職場のセクハラ防止に関する事項は、派遣先が団体交渉義務を負うのでしょうか?

負う可能性が高いです。
職場におけるセクハラ防止措置は、派遣先が負うべき義務であり、その内容は派遣労働者であっても及びますから、派遣先が決定できる労働条件として、団体交渉応諾義務を負うと考えられます。

派遣社員が派遣先の労働組合に加入することはあるのでしょうか?

労働組合の規約によりますが、派遣先の労働組合が正社員だけでなく派遣社員の加入を認めている場合、加入することは可能です。

派遣社員が独自に結成した労働組合からの団体交渉に応じる必要はありますか?

労働組合法上の労働組合の条件を満たす限り、団体交渉に応じる必要があります。また、外部ユニオンに加入した場合であっても、同様です。

団体交渉を要求したことを理由に、派遣契約を打ち切ることはできるのでしょうか?

出来ません。不当労働行為に該当すると判断されるでしょう。

派遣社員から安全配慮義務違反について団体交渉を申し入れられました。派遣先はこれに応じる義務がありますか?

応じる義務があると考えられます。
派遣先は、派遣労働者に対しても安全配慮義務を負うと考えられますので、職場の安全衛生に関する事項等について、派遣先は団交に応じる義務があると考えられます。

派遣社員と直雇用契約を結ぶことを条件に、団体交渉の申し入れを取り下げてもらうことは可能ですか?

可能かもしれませんが、直接雇用を結んだ場合には、使用者性が認められるため、派遣社員以上に労働条件を自身で決定できる以上、広範な労働条件について団交応諾義務を負うことになるため、慎重な判断が必要となるでしょう。

「労働契約申込みみなし制度」の適用を受けた場合でも、団体交渉に応じる必要はありますか?

派遣先ではなくなるのかもしれませんが、直接の労働契約となれば、余計に団体交渉に応じる必要があるでしょう。

派遣労働者からの団体交渉に応じるべきか判断に迷ったら、一度弁護士にご相談ください。

派遣労働者に関しては、派遣元が使用者であって、派遣先が派遣労働者の労働条件を直接決定できるものではありません。しかしながら、実質的には派遣先が労働条件を決定できる事項もありえます(労働環境やセクハラ防止等)。

こういった事項について、直接の使用者ではないことを理由にすべての事項に関して団体交渉を拒絶すると不当労働行為と判断されかねません。
このような判断を誤れば紛争を激化させることにもつながります。

したがって、派遣労働者からの団体交渉に応じるかどうかの判断には、労働法務に詳しい弁護士等の専門家の関与が欠かせません。
埼玉県内で派遣労働者からの団体交渉に関してお悩みの企業の方は、ぜひ一度弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕
監修:弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長
保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
埼玉弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。
関連記事

来所・zoom相談初回1時間無料

企業側人事労務に関するご相談

  • ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
  • ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
  • ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
  • ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
  • ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)

顧問契約をご検討されている方は弁護士法人ALGにお任せください

※会社側・経営者側専門となりますので、労働者側のご相談は受け付けておりません

ご相談受付ダイヤル

0120-406-029

※法律相談は、受付予約後となりますので、直接弁護士にはお繋ぎできません。

メール相談受付

会社側・経営者側専門となりますので、労働者側のご相談は受け付けておりません