監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
- 固定残業代
固定残業代とは、ありていに言えば、一定時間分の時間外・休日・深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことを言います。
残業をしなくても支払われるところで、労働者にも、一定のメリットがある制度です。
ただ、固定残業代が有効となるためには、いくつか越えなければならないハードルがあります。これに関し、近時、重要な判決が出されました。
今回は、固定残業代の有効性の判断要素と、重要判決について解説いたします。
目次
固定残業代制が有効になる要件とは
固定残業代制が有効となるためには、以下の要件を満たす必要があるといわれています。
明確区分性
まず、基本給部分と、残業代部分とが、明確に区分できる必要があるとされています。
固定残業代は、労基法37条の定める割増賃金の支払いといえるかどうかが問題となる以上、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額とは、別で払われていなければなりません。
基本給30万円に固定残業代を含む、などといった条件では、基本給部分と固定残業代部分を区分できませんから、固定残業代として有効とは言えません。
基本給20万円、固定残業代として2万円などという形で、明確に区分しなければなりません。
対価性
また、明確に区分するだけではなく、固定残業代は、時間外労働の対価として支払われる性質のものである必要があります。
固定残業代は、労基法37条の定める割増賃金の支払いといえるかどうかが問題となることは既に述べたところですが、名目が固定残業代などとされていたとしても、他の賃金と併せて検討したときに、時間外労働の対価として支払っていなければ、労基法37条の定める割増賃金の支払いとはいえないからです。
差額支払の規定と実態
これに加えて、固定残業代として定められた一定時間を超えて時間外労働をした場合には、別途上乗せして割増賃金を支払う旨の合意(差額支払の合意)まで必要かどうかについては、議論があります。
ただ、労働基準法上、時間外労働に対しては、割増賃金を支払う必要がありますから、固定残業代として定められた時間分を超えたのであれば、それを支払わなければならないことは当然です。
また、差額支払の合意まで必要であると読めるような最高裁判例の補足意見もあります(最一判平成24年3月8日・テックジャパン事件)。
企業の対応としては、固定残業代が定めた時間外労働以上の残業が生じた場合には、労働基準法上支払わなければならない残業代と固定残業代との差額も支払う旨を就業規則等に記載しておく必要があるでしょう。
固定残業代が無効と判断された場合のリスク
固定残業代が無効と判断された場合には、固定残業代として支給していた部分まで含めて時間外労働の場合の基礎賃金として扱われてしまうことになります。
もちろん、割増賃金の既払い金として取り扱われることもありません。
これは俗に「残業代のダブルパンチ」などとも呼ばれるもので、会社に非常に大きなキャッシュアウトを強いることになります。
割増賃金の有効性に関する最高裁判決【国際自動車事件】
割増賃金の有効性に関する重要な裁判例として、国際自動車事件(最一判令和2年3月30日)があります。
事件の概要
同最判は、タクシー会社に関するもので、歩合給の計算に当たって売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがあったため、その有効性が問題となったものです。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
最高裁は、このような定めについて、「本件賃金規則の定める上記の仕組みは,その実質において,出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を,時間外労働等がある場合には,その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは,歩合給対応部分の割増金のほか,同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。 そうすると,本件賃金規則における割増金は,その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても,通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。 そして,割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから,本件賃金規則における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。」と判示し、その有効性を否定しました。
ポイント・解説
同最判は、タクシー会社等において、よく見られた歩合給と残業代の制度について、時間外労働が多くなればなるほど歩合給が減る(最終的には0円となる)制度というものは、実質的には、残業代を支払っているものとは言えないと判断したところにポイントがあります。
最高裁判決が固定残業代の有効性に与える影響
固定残業代の定め自体が違法と判断したわけではありません。
ただ、割増賃金について、手当として支払う場合に、時間外労働の対価として支払ったものといえるかどうかについて、その手当の名称や算定方法だけでなく、労働契約で定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないと述べましたので、今後、固定残業代の有効性の判断についても、単に独立して算出、支給しているのみならず、それが別の手当と重複していないかといった点にも注意が必要となります。
企業に求められる対応と実務上の注意点
固定残業代の制度自体は、企業や労働者にメリットもありますが、その有効性については、注意が必要です。
企業は、以下の対応をしていく必要があります。
給与規程(賃金規程)の見直し
固定残業代が有効と判断されるためには、①明確区分性、②対価性、③差額支払の合意等が必要となります。
給与規程において、単に●手当は固定残業代として支払うなどと記載するに留まっている場合には、有効性に問題ありといわれかねません。
専門家を交えた給与規程の見直しが必要となります。
最低賃金法の遵守
固定残業代として支給する金額について、想定時間数で除すと、最低賃金を割ってしまう定めをしている場合もございます。
しかしながら、この場合には、最低賃金法に反することになりますから、固定残業代の有効性に疑義が生じてしまいます。
最低賃金は、毎年更新されることもあるため、最低賃金法を遵守しているかどうか、毎年確認する必要があります。
労働条件の不利益変更にも注意
固定残業代の制度を導入・改訂する場合には、実質的な賃金が減額とならないかについても注意が必要です。
仮に、実質的賃金が下がる場合には、労働条件の不利益変更となり、労働者の同意等が必要となります。
ただ個別の事案によって異なりますので、弁護士等の専門家への助言を求めることをお勧めいたします。
固定残業代制に関するお悩みは、実績豊富な弁護士法人ALGにご相談下さい。
固定残業代制度については、多くの企業で導入される一方、法的には難しい問題も多く、仮に有効性が否定された場合のリスクは甚大です。
固定残業代の導入や改訂のみならず、自社の固定残業代制度が有効といえるかどうかは、精査しておく必要があります。
精査には、自社のみならず、固定残業代制度に詳しい弁護士等の専門家への相談が不可欠です。
埼玉県内で固定残業代制に関してお悩みの企業様は、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。
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