
監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
- 労働組合
ある日突然、労働組合から団体交渉を申し入れられ、対応に苦慮されている企業の方もいらっしゃるのではないでしょうか。外部ユニオンの場合などは、特に感じられるかもしれませんが、単に拒絶することにはリスクがあります。
労働組合との交渉において、使用者(会社側)には「誠実交渉義務」という義務が課せられています。
この義務を正しく理解し、適切に対応しなければ、「不当労働行為」として法的な責任を問われる可能性があります。
本記事では、使用者の誠実交渉義務について解説します。
目次
- 1 使用者の誠実交渉義務とは
- 2 労働組合との団体交渉
- 3 使用者は労働組合に譲歩する義務まで有するのか?
- 4 労働組合からの要求と会社側の対応方法
- 5 誠実交渉義務の判断基準
- 6 団体交渉における誠実交渉義務違反
- 7 誠実交渉義務に関する判例
- 8 誠実交渉義務に関するQ&A
- 8.1 使用者は労働組合の要求に必ず応じる義務があるのでしょうか?
- 8.2 団体交渉の申し入れがあったらまず何をすべきでしょうか?
- 8.3 労働組合からの不当な要求にはどう対応すべきですか?
- 8.4 労働組合からの団体交渉の申し入れを放置するとどうなりますか?
- 8.5 団体交渉の際、文書や電話のみで対応することは不当労働行為にあたりますか?
- 8.6 労働組合との交渉で、双方の主張が対立したまま交渉が打切りとなることは不当労働行為にあたりますか?
- 8.7 労働組合から要求された資料は全て提示する必要があるのでしょうか?
- 8.8 解雇した社員が加入している労働組合から団体交渉を求められた場合、応じる必要はありますか?
- 8.9 交渉担当者を弁護士にすることを認めなければ、団体交渉に応じないとすることは不当労働行為にあたりますか?
- 8.10 組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉を打ち切ることはできますか?
- 8.11 従業員が加盟している外部の労働組合から団体交渉を要求された場合、応じる必要はあるのでしょうか?
- 8.12 団体交渉において代表取締役が出席しないことは不当労働行為に該当しますか?
- 9 団体交渉に関する問題解決は、専門的知識・経験を有する弁護士にお任せください。
使用者の誠実交渉義務とは
「誠実交渉義務」とは、使用者が労働組合からの団体交渉の申し入れに対し、誠実に対応して交渉に臨むべき義務のことを指します。
これは労働組合法7条に「使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。」と定められる不当労働行為の中に「二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。」が掲げられていることに由来します。
労働組合との団体交渉
団体交渉とは、労働組合が労働者の代表として、使用者との間で労働者の労働条件等、労使関係のルールについて交渉することをいいます。
使用者は、労働組合の代表者等と、労働者の賃金等の労働条件について交渉していくことになります。
使用者は労働組合に譲歩する義務まで有するのか?
使用者には、労働組合の要求に譲歩する義務はありません。
誠実交渉義務は、あくまで「誠実に」交渉する義務です。
例えば、労働組合の要求や主張に対して、何ら回答しないといったことは不誠実ですが、回答の根拠となる資料を示すなどして回答を行うことは何ら不誠実ではありません。
この回答が、労働組合の要求を拒絶する者であったとしても同じです。
双方が誠実に交渉を尽くした結果、どうしても主張の隔たりが埋まらず、交渉が決裂し、合意に至らなかったとしても、それ自体が直ちに誠実交渉義務違反となるわけではありません。
誠実交渉義務の相対性について
誠実交渉義務は、使用者が絶対的に何かをすべき義務ではありません。
交渉毎である以上、当然のことですが、団体交渉において労働組合がどのように対応するかに応じて、誠実交渉義務の内容も変わってきます。
一義的なものではなく、事案や交渉態度に応じて変わってくるものであることを理解いただけるとよろしいかと思います。
労働組合からの要求と会社側の対応方法
労働組合から団体交渉の申し入れがあった場合、まずは交渉に応じる姿勢を示すことが重要です。
これを無視や放置することは、それ自体が団体交渉拒否という不当労働行為に該当し得る行為になってしまいます。
資料提供の要請にはどの程度応じるべきか?
労働組合からの資料提供の要請には、全て応じることはありません。必要な限度で提供することで、誠実交渉義務を果たしたものと考えられます。
ただ、提供しない資料については、ある程度、提供しない理由が説明できなければなりません。
例えば、本件とは関係ない資料であるとか、営業秘密が含まれるものであるといった理由が考えられます。
誠実交渉義務の判断基準
誠実交渉義務に違反しているか否かは、一つの行為だけでなく、団体交渉における使用者の言動や態度を総合的に考慮して判断されます。
主な判断基準としては、以下のような点が挙げられます。
- ① 労働組合側の合意を求める努力の有無・程度
- ② 労働組合側の要求の具体性や追及の程度
- ③ ①②に応じた使用者側の回答又は反論の提示の有無・程度
- ④ ③の回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度
- ⑤ 必要な資料の提示の有無・程度
団体交渉における誠実交渉義務違反
団対交渉における誠実交渉義務違反は、不当労働行為となります。
不当労働行為は、労働委員会における救済命令の対象となり、労働委員会から不当労働行為と認定されると救済命令が下され、処分の撤回や損害賠償が命じられることになります。
企業は、不当労働行為に該当する誠実交渉義務違反をすべきではないということになります。
不当労働行為とみなされるケース
不当労働行為とみなされるようなケースとしては、例えば、当初から一切の交渉を拒否すると回答することや、単に聞くにとどまり、何ら回答しないといったことが考えられます。
誠実交渉義務に関する判例
誠実交渉義務に関する裁判例として、山形大学事件(最判令和4年3月18日)があります。
事件の概要
大学法人が、人事院勧告に従って、教職員のうち55歳を超えるものの昇給を抑制するとしたことに対し、団体交渉の申し入れがあったという事案です。
これについて、大学法人は複数回の団体交渉を行いましたが、組合からの同意が得られないまま、昇給の抑制を実施したところ、組合から救済申出があったというものです。
裁判所の判断
地裁、高裁ともに、昇給抑制について、改めて団体交渉したとしても、有効な合意を成立させることは事実上不可能であろうとして、交渉の成立の見込みがないことから、誠実交渉義務に反するものではないとしましたが、最高裁は別の判断をしました。
「団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合には,誠実交渉命令を発しても,労働組合が労働条件等の獲得の機会を現実に回復することは期待できないものともいえる。
しかしながら,このような場合であっても,使用者が労働組合に対する誠実交渉義務を尽くしていないときは,その後誠実に団体交渉に応ずるに至れば,労働組合は当該団体交渉に関して使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに,組合活動一般についても労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られるから,誠実交渉命令を発することは,不当労働行為によって発生した侵害状態を除去,是正し,正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復,確保を図ることに資するものというべきである。
そうすると,合意の成立する見込みがないことをもって,誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨,目的に由来する限界を逸脱するということはできない。
また,上記のような場合であっても,使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らかであるから,誠実交渉命令が事実上又は法律上実現可能性のない事項を命ずるものであるとはいえないし,上記のような侵害状態がある以上,救済の必要性がないということもできない。
以上によれば,使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には,当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても,労働委員会は,誠実交渉命令を発することができると解するのが相当である。」
ポイントと解説
同判例のポイントは、団体交渉について、一定の合意の成立のみを目的とするものではないとしたところにあります。
同判例を参考とすれば、合意が成立する見込みがないからといって、誠実交渉に応じる義務があるため、企業にはより一層の注意が求められます。
誠実交渉義務に関するQ&A
以下、誠実交渉義務に関するよくある質問のお答えします。
使用者は労働組合の要求に必ず応じる義務があるのでしょうか?
ありません。
使用者は、団体交渉に応じる義務や誠実に交渉する義務はありますが、要求に応じなければいけない義務を負っているわけではありません。
団体交渉の申し入れがあったらまず何をすべきでしょうか?
団体交渉の申し入れがあった場合、それが義務的団交事項かどうかを判断し、団体交渉に応じるべきかを判断すべきです。
その後は、実際の日程、場所、担当者等を決めていくことになります。
労働組合からの不当な要求にはどう対応すべきですか?
不当な要求であっても、直ちに団体交渉自体を拒否すべきではなく、不当であることを根拠とともに回答するべきです。
労働組合からの団体交渉の申し入れを放置するとどうなりますか?
放置した場合には、誠実交渉義務に反するとして、不当労働行為と判断されることになります。
団体交渉の際、文書や電話のみで対応することは不当労働行為にあたりますか?
直ちに不当労働行為と判断されるわけではありませんが、労働組合が対面での協議を求めているにもかかわらず、理由なく、文書や電話のみで対応することは不誠実として、不当労働行為と判断される恐れがあります。
労働組合との交渉で、双方の主張が対立したまま交渉が打切りとなることは不当労働行為にあたりますか?
主張の対立の理由が合理的なものであり、双方に資料の提出等も含めて協議を尽くしているのであれば、不当労働行為にはあたらないでしょう。
労働組合から要求された資料は全て提示する必要があるのでしょうか?
上記したとおり、必ずしもすべてを提示する必要はありません。
ただし、資料提出の必要性や、開示すべきかについては慎重に判断すべきでしょう。
解雇した社員が加入している労働組合から団体交渉を求められた場合、応じる必要はありますか?
既に解雇した従業員であっても、解雇自体や解雇に関する条件等に関する団体交渉を求められたのであれば応じる必要があります。
単に解雇済みであることをもって団体交渉を拒否することは止めた方が良いです。
交渉担当者を弁護士にすることを認めなければ、団体交渉に応じないとすることは不当労働行為にあたりますか?
代理人弁護士を選任させるのは一般的ですが、協議事項に決定権を持つ社員や役員を同席させない場合、誠実な交渉ではないとされる恐れはありますのでご注意ください。
組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉を打ち切ることはできますか?
できます。暴力行為は許されませんので、労働組合が暴力や脅迫に及んだ場合は、団体交渉を打ち切っても構いません。
ただし、大声を出す等、脅迫であるか曖昧な行為に関しては、それのみをもって交渉を打ち切るということには注意が必要でしょう。
従業員が加盟している外部の労働組合から団体交渉を要求された場合、応じる必要はあるのでしょうか?
労働組合の条件を満たしている限り、応じる必要があります。
団体交渉において代表取締役が出席しないことは不当労働行為に該当しますか?
その一事をもって不当労働行為には該当しません。
代表取締役の代わりに、交渉権限を有する方が同席していれば問題ありません。
団体交渉に関する問題解決は、専門的知識・経験を有する弁護士にお任せください。
団体交渉については、突如申し入れられることが多いです。
上記したとおり、団体交渉は権利の行使でもあることから、単なる話し合いの場とは異なり、ルールが定められています。
初動の誤りが問題を長期化させるケースもあるため、早期に団体交渉の経験のある弁護士にご相談いただくのがよろしいです。
埼玉県内で団体交渉に関する問題を抱えられている企業の方は、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。
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保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
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