監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
- 採用
企業にとって、採用活動は非常に重要な業務の一つです。その企業で働く人が企業を支えていくわけですから、企業にマッチした良い人材を採用することで、更なる企業の発展を図ることができます。
他方で、採用内定を出した後に、内定を取り消したい事情が発覚することもあります。企業にマッチしない人材を採用することは、企業にとっても労働者にとっても良いことではありません。この場合、双方の合意があれば問題ありませんが、企業の一方的な意思表示で内定を取り消すことができるのでしょうか。本日は、採用内定の法律問題についてご説明させていただきます。
目次
採用内定はどのような法的性質を持つのか?
採用内定という言葉が広く使われていますが、採用決定した場合の採用内定については、始期付解約権留保付労働契約が成立したものと扱われます。
そのため、労働契約上の地位を主張することができる(解雇権濫用法理の適用を受けるなどする。)ことになります。
採用内定は労働契約の成立と解されるのか?
企業としては、採用内定というものについては、未だ労働契約の成立に至っていない(労働条件なども明示していない)という主張をしたいところですが、「採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定」されていない場合には、労働契約が成立したものと解されてしまいます(最判昭和54年7月20日・大日本印刷事件判決参照)。
一般的には、採用内定を行った場合には、労働契約が成立しているものと解されるでしょう。
内々定の場合は?
他方で、内々定の場合はどうでしょうか。
内々定という言葉が労働法令に記載されているわけではありませんが、これを採用決定の前段階、採用予定の通知と解するのであれば、労働契約は未だ成立していないと解されます。
採用内々定は、正式な内定までの間の囲い込みという事実上の活動にすぎないと解されます。
もっとも、採用内々定の取消の過程について信義則違反があるとして、使用者側に損害賠償を命じた裁判例もありますので(福岡高判平成23年3月10日)、内々定だからといって、何をしても良いわけではありませんので、注意が必要です。
「始期付解約権留保付の労働契約」の考え方とは
始期付解約権留保付の労働契約とは、労働契約が開始される時期は決まっているものの、それまでの期間に内定を取消すべき事情等が発生した場合には、企業が労働契約を解約する権利を留保している労働契約です。
未だ労働契約が開始されていない点と会社が解約権を有している点が、始期付解約権留保付きの労働契約の特徴です。
取消事由に該当する事実があれば内定取消は認められるか?
解約権を留保している以上、取消事由に該当する事実があれば、無制限に内定取消が可能かといえば、そうではありません。
労働契約法における「解雇権濫用法理」の適用
採用決定としての採用内定は、労働契約が成立している以上、労働契約上の地位を主張することができます。
そのため、解雇権濫用法理(労契法16条)と同様の規制に服することになります。
採用内定決定当時知ることができず、また知ることが期待できない事実が判明し、しかも、それにより採用内定を取り消すことが客観的に合理的と認められ社会通念上相当として全することができる場合に限って、採用内定を取り消されるとされます。
内定取消が認められる合理的理由とは?
例えば、重大な経歴詐称や、就労開始日までに犯罪行為を行った場合には、合理的理由があるとされます。
他方で、健康診断で何らかの異常が発見されたとしても、それが業務遂行と関係がなく、あるいは業務遂行に支障を来さないものである場合には、内定取消の合理的な理由がないものと判断出れます。
不当な内定取消は損害賠償事由になり得る
内定取消が不当であり、無効である場合には、通常の解雇同様、就労開始予定日以降の地位確認やバックペイの支払いが認められます。
また、損害賠償としての慰謝料請求などの損害賠償請求を受ける可能性もあります。
内定取消時の解雇予告・解雇予告手当の必要性
行政解釈では、解雇予告を行う必要があるとされていますが、労基法上、14日を超えて使用されるに至った場合に初めて解雇予告の保護を受けるとされています(労基法21条)。
これとの均衡上、採用内定には解雇予告の適用はないと考えられています。
新卒者の内定取消に関する職業安定法上の規制
新規学校卒業者の採用に関する指針により、事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講じることが求められます。
また、やむを得ない事情により、新規学校卒業者の採用内定取消しを行おうとする事業主は、所定の様式により、あらかじめハローワーク及び施設の長に通知することが必要です(職業安定法施行規則第35条第2項)。
内定期間中の内定者の義務について
内定の法的性質は、始期付解約権留保付労働契約です。ただ、この始期というものが、就労の始期なのか、労働契約の効力発生の始期なのかは事案によって異なります。
前者であれば、就労以外の労働契約上の義務を課すことは可能となります。
入社前研修の実施は法律上問題ないか?
では、入社前研修はどうでしょうか。就労始期付の契約となれば、研修を命じることは出来ますが、内定者が新卒学生である場合には、学業が優先されるため、効力始期付と解される場合が多いため、研修を命じるのは難しいでしょう。
また、仮に労働契約の遂行と認められる場合には、賃金の支払いも必要となってきますので、留意が必要です。
内定者に就業規則を適用できるか?
これも、契約の解釈に応じます。就労始期の契約と解されれば、労働契約の適用があります。
内定者からの内定辞退は法的に認められる?
これは特段の事情のない限り、内定者から一方的に辞退することが認められます。
企業が内定者を強制的に就労させることは出来ませんし(労基法5条)、期間の定めのない現実に就労している労働者であっても2週間以上の予告期間を置けば自由に辞職できる(民法627条1項)ことからすれば、内定者は自由に内定を辞退することができると考えられます。
内定辞退に対して損害賠償を請求できるか?
内定者が自由に内定を辞退することができる反面、企業は、内定者に対し、内定辞退に関して、原則として損害賠償請求は出来ません。
ただ、理論上、内定者からの一方的な内定辞退について、時期や理由によっては、濫用であるとして賠償請求できる可能性はあります。そうであったとしても、企業に対して、そこまでの損害賠償をしなけらばならないとの判決が出るとは考えられませんので、損害賠償請求を行うよりも、内定辞退してきた学生等を説得する方が、コストはかからないでしょう。
採用内定に関する裁判例
採用内定について、労働契約成立を認めたものについて、大日本印刷事件判決があります。
事件の概要
これは、採用内定の段階においては、内定者が企業において有する地位、受ける給与、勤務時間、勤務場所等、労働契約の内容である労働条件が何ら明らかにされていないので、当事者間に労働契約が成立したと認める事情はないとして、企業が採用内定による労働契約の成立を争った事件です。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
最判昭和54年 7月20日によると、
「本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたことを考慮するとき、上告人からの募集(申込みの誘引)に対し、被上告人が応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する上告人からの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であつて、被上告人の本件誓約書の提出とあいまつて、これにより、被上告人と上告人との間に、被上告人の就労の始期を昭和四四年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の五項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当とした原審の判断は正当であ」るとして、労働契約の成立を認めました。
ポイント・解説
本判例のポイントは、採用予定としての内定(=内々定)と、採用決定としての内定との違いの判断に関する基準を示したことにあります。
内々定にすぎない内定を出す場合には、「労働契約締結のための特段の意思表示をすること」を予定する必要があるため、未だ採用決定に至っておらず、次の意思表示を予定していることを当事者間のやり取りのメール等によって明らかにしておく必要があります。
採用内定に関して不明点があれば、法律の専門家である弁護士にご相談下さい。
以上に述べてきたように、採用内定については、労働契約が成立しているかどうか、取消しが可能か等、法的に様々な問題があります。
企業にとって、人材の採用が重要であることは言うまでもありませんので、採用活動に伴う採用内定の法律問題について、企業が目を背けることは出来ません。
採用内定に関して問題を抱える埼玉県内の企業は、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。
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