監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
- メンタルヘルス
令和において、従業員のメンタルヘルス不調は、どのような企業においても避けて通ることのできない問題です。
自社の社員からメンタルヘルス不調だという社員が現れた時のポイントについて、見ていきたいと思います。
目次
- 1 労働安全衛生法改正によるメンタルヘルス対策の強化
- 2 メンタルヘルス不調を早期発見する重要性
- 3 メンタルヘルス不調と休職時の対応
- 4 復職可否の判断について
- 5 メンタルヘルス不調を理由とした解雇は認められるか?
- 6 メンタルヘルスケアで会社に求められる対応
- 7 メンタルヘルスに関するQ&A
- 7.1 長時間労働者の面接指導でうつ病が疑われた場合、会社にはどのような対応が求められますか?
- 7.2 診断書にメンタルヘルス不調のため就労不能と記された場合、必ず休職させなければならないのでしょうか?
- 7.3 派遣社員がメンタルヘルス不調を抱えている場合、派遣先としていかなる対応をなすべきでしょうか?
- 7.4 うつ病の発症を理由に、退職勧奨を行うことは法的に認められますか?
- 7.5 うつ病の社員が休職から職場復帰する場合は、元の職場に戻すべきでしょうか?
- 7.6 メンタルヘルス不調が疑われる社員に受診を勧めましたが、応じてくれない場合はどうしたらいいですか?
- 7.7 ストレスチェックを実施しない会社への罰則はあるのでしょうか?
- 7.8 メンタルヘルス不調による再休職を予防するにはどうしたらいいでしょうか?
- 7.9 職場のメンタルヘルス不調における、管理職の役割を教えて下さい。
- 7.10 メンタルヘルス不調で遅刻・欠勤を繰り返す社員を解雇することは違法ですか?
- 7.11 うつ病が疑われる社員に対し、会社が指定した医師の診察を受けさせることは可能ですか?
- 7.12 ストレスチェックを受けさせる時間についても、賃金を支払う必要がありますか?
- 7.13 社員の主治医からメンタルヘルスについて情報を得る場合、従業員本人の同意は必要ですか?
- 8 メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みなら、労働問題を専門とする弁護士にご相談下さい。
労働安全衛生法改正によるメンタルヘルス対策の強化
労働安全衛生法の改正によって、企業に求められるメンタルヘルス対策が強化されています。
具体的には、従業員の労働時間の状況の把握の方法について客観的な方法によるべきとして長時間労働の有無を把握するよう求めたり、長時間労働者には医師による面接指導を実施させること等が求められるようになりました。
メンタルヘルス不調社員への配慮は会社の義務
労働契約法上、使用者(企業)には、労働者の生命身体等に対する安全配慮義務が規定されており、メンタルヘルスの不調についても、会社は対処しなければなりません。
安全配慮義務違反に対する損害賠償責任
仮に、メンタルヘルス不調社員に対して、何ら対処しなかった場合には、会社は安全配慮義務を怠ったとして、不法行為、債務不履行に基づいて、従業員に対して、損害賠償責任を負う可能性があります。
実際に、会社に対して高額の損害賠償を命じた裁判例も多数あります。
メンタルヘルス不調を早期発見する重要性
従業員のメンタルヘルス不調に気付き、早期に対処していけば、そもそも安全配慮義務を怠ったとされないことも十分あります。
また、重篤な結果が生じないうちに、会社の制度や体制を見直すきっかけにもなりますから、メンタルヘルス不調を早期に発見することは重要です。
職場におけるメンタルヘルス不調の兆候とは
メンタルヘルス不調は、精神的な問題でありますから、外観上わからないこともあります。
ただ、勤怠が乱れた場合は要注意です。遅刻が増えるとか、早退が増えた場合には、メンタルヘルス不調の兆候として、気を配っておくことがよろしいです。
メンタルヘルス不調と休職時の対応
メンタルヘルス不調によって、従前の業務を提供できなくなった社員に対しては、休職という選択があります。
自社の就業規則の休職に関する規定にしたがって対応していく必要があります。
休職中の社員への対応
休職中の社会保険料をどうするかといったことは、予め就業規則に定めておくと、それに従えばよいので、対応に苦慮することもないでしょう。
また、休職期間中にも、定期的に様子をうかがうなどして、コミュニケーションをとっていくことが大事です。
復職可否の判断について
休職期間が満了した場合に、復職が出来なければ、自然退職又は解雇という規定になっている会社が多いかと思います。
この場合、復職できるかどうか、主治医や産業医の診断結果を基に会社は判断していくことになります。
主治医の診断書による判断
診断書の内容としては、従前の業務に復帰できるかどうか、という観点から記載してもらう必要があります。
仮に、配置転換によって軽易な労務であればできるという診断であれば、それを前提に検討していく必要があります。
職場復帰を支援する「リハビリ出勤制度」とは
会社によっては、リハビリ出勤制度として、正式な復職前の試し出勤制度を採用しているところもあります。
休業していた労働者の不安を和らげることができますし、実際に短時間働くことで、復帰できるかどうかの準備ができる制度です。
メンタルヘルス不調を理由とした解雇は認められるか?
メンタルヘルス不調であることのみで解雇することは難しいかもしれません。メンタルヘルス不調の原因が会社になく、欠勤が長期間続くとか、業務で重大なミスをした場合には、解雇が有効とされる可能性がないとまでは言えませんが、休職の規定がある場合は、そちらを先に経なければ解雇は認められません。
休職期間が満了しても復職可能とならなければ、自然退職という形で対処することが穏便です。
メンタルヘルスによる解雇の妥当性が問われた判例
有名な判例として日本ヒューレット・パッカード事件があります。
事件の概要
労働者に精神的不調(妄想性障害の合理的疑い)があった事案で、会社が休職命令を発令しました。
しかしながら、労働者から、休職期間満了時までに復職願いが提出されなかったため、会社が就業規則に従って労働契約を終了させたという事案です(ほかにも論点は多いのですが、今回はこの点について取り上げます。)。
裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)
「…雇用契約上の傷病休暇・休職の制度は,使用者が業務外の傷病によって長期間にわたって労働者の労務提供を受けられない場合に,雇用契約の終了を一定期間猶予し,労働者に治療・回復の機会を付与することを目的とする制度と解すべきであり,一方,労働者の治療・回復に係る情報は,その健康状態を含む個人情報であり,原則として労働者側の支配下にあるものであるから,休職期間の満了によって雇用契約は当然に終了するものの,労働者が復職を申し入れ,債務の本旨に従った労務提供ができる程度に病状が回復したことを立証したときに,雇用契約の終了の効果が妨げられると解するのが相当である。」(東京高判平成28年2月25日)
ポイントと解説
この事案は、労働者から、会社が休職期間の満了を理由に労働者を退職させることは実質的には解雇に当たるから、会社側が休職期間満了時に当該労働者について医師の診断を求め、当該労働者が復職できない健康状態であることを確認し、復職できないことにつき合理的な理由を主張立証すべきであると主張していました。
しかしながら、裁判所は、復職願を労働者が提出し、自ら債務の本旨に従った労務提供ができる程度に病児が回復したことを証明すべきであると明示した点がポイントです。
メンタルヘルスケアで会社に求められる対応
以上に述べてきたとおり、会社には、メンタルヘルス不調の社員に対して対応していくことが求められています。
厚生労働省が提唱する4つのケア
厚生労働省はメンタルヘルスケアのために、「労働者の心の保持増進のための指針」において以下の4つのケアを提唱しています。
①労働者が自らのストレスに気付き予防対処する「セルフケア」
②管理監督者が心の健康に関して職場環境等の改善や労働者に対する相談対応を行う「ラインによるケア」
③事業場内の産業医等の産業保健スタッフ等が心の健康づくり対策を提言・推進し、労働者、管理監督者等を支援する「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」
④事業場外の機関及び専門家を活用し、その支援を受ける「事業場外資源によるケア」
です。
ストレスチェック制度の導入
常時50人以上の労働者を使用する事業場において毎年1回のストレスチェックが義務付けられました。
これ以外の事業場においては、ストレスチェックは当分の間努力義務とされましたが、できるだけ実施されるように、国では様々な支援をしています。
産業医との連携による適切な対応
上記した厚労省の4つのケアのうち、事業場内産業保健スタッフ等によるケアでも指摘されますが、産業医との連携はメンタルヘルスケアにおいて重要です。
産業医は、専門的立場から、対策の実施状況の把握、助言・指導などを行っていただけますから、会社としても産業医と連携して、メンタルヘルス不調をケアしていくことが重要です。
メンタルヘルスに関するQ&A
長時間労働者の面接指導でうつ病が疑われた場合、会社にはどのような対応が求められますか?
長時間労働を解消することと、病院への受診を促す対応が求められます。
長時間労働が、うつ病や過労自殺を引き起こすことは広く知られているところであり、まずは長時間労働の是正、それと併せて、病院での治療を促すことをお勧めいたします。
診断書にメンタルヘルス不調のため就労不能と記された場合、必ず休職させなければならないのでしょうか?
休職させるかさせないかの判断は、会社がすべきですが、医師の診断書は無視できませんので、原則的に休職規程にそって休職させるべきでしょう。
ただ、労働者の希望も聴取しながら、休職ではなく合意退職に至るというケースもありますので、労働者とよく話し合ってください。
派遣社員がメンタルヘルス不調を抱えている場合、派遣先としていかなる対応をなすべきでしょうか?
派遣社員の雇用主は、派遣元ではあるものの、派遣社員は派遣先から直接指揮命令を受けています。そのため、派遣先であったとしても、安全配慮義務があるものと考え、派遣元に丸投げせずに対処していく必要があります。
具体的には、派遣元とも協議しながら、派遣社員へ病院への受診を促すなどして、対応していくべきでしょう。
うつ病の発症を理由に、退職勧奨を行うことは法的に認められますか?
退職勧奨は、強迫など違法となる対応で行わない限り、法的に問題ありません。
ただ、うつ病の発症の原因が業務に起因している場合や、その症状が重篤な場合、後から、真意に基づかないなどと争われることはあるかもしれません。
うつ病の社員が休職から職場復帰する場合は、元の職場に戻すべきでしょうか?
原則として、復職可能というのは、従前の職務に戻ることを意味します。ですので、元の職場に復帰できる場合が復職になります。ただ、軽易な労務であれば復職可能な場合などもありますので、社員と会社で協議の上、職場を変える分には問題ありません。
メンタルヘルス不調が疑われる社員に受診を勧めましたが、応じてくれない場合はどうしたらいいですか?
就業規則に受診命令を出せるような規定はあるでしょうか。こういった場合には、受診命令を出すといったことが考えられます。
そして、従わない場合は、業務命令違反で戒告などに処して、受診を促していくことが考えられます。
ストレスチェックを実施しない会社への罰則はあるのでしょうか?
ストレスチェックを実施することが義務付けられている場合でも、事業主がストレスチェックを実施しなかったことそれ自体により罰則が科されるわけではありません。
ただ、常時50人以上の労働者を使用する事業者は、1年に1回、検査結果等の報告書を所轄労働基準監督署に提出する必要があります(安衛則52条の21)。
この報告をしなかった場合や、虚偽の報告をした場合には、50万円以下の罰金に処せられます(労安衛法120条5号)。
メンタルヘルス不調による再休職を予防するにはどうしたらいいでしょうか?
前回の休職の原因を探求し、その解消をしていくしかありません。また、労働者とのコミュニケーションを深めることも有効とされています。
職場のメンタルヘルス不調における、管理職の役割を教えて下さい。
管理職は、勤怠を管理し、また直接従業員と関与しているので、不調を発見しやすいと言えます。
ですので、管理職には、そのような不調がある社員を見逃さずにケアしていくことが求められます。
メンタルヘルス不調で遅刻・欠勤を繰り返す社員を解雇することは違法ですか?
休職規程がある場合、まずは休職させるべきといわれます(解雇猶予の制度。)。
そのため、休職規程がある場合は休職させるべきです。
うつ病が疑われる社員に対し、会社が指定した医師の診察を受けさせることは可能ですか?
可能です。ただ、社員にも医師選択の自由がありますので、就業規則上の根拠があった方がよろしいです。
ストレスチェックを受けさせる時間についても、賃金を支払う必要がありますか?
賃金については、労使間協議により決めることとなりますが、健康診断と同様に賃金を払うことが望ましいです。
社員の主治医からメンタルヘルスについて情報を得る場合、従業員本人の同意は必要ですか?
必要です。主治医からも、本人の同意書の提出が無ければ情報は開示できないというケースが多いと思われます。
メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みなら、労働問題を専門とする弁護士にご相談下さい。
以上に述べてきたように、メンタルヘルス不調の社員の問題は会社にとって避けることのできない問題である一方で、非常に専門的な知識と判断が求められるものです。
自社の内部だけで検討するのではなく、弁護士などの専門家と相談の上対処されることをお勧めいたします。
埼玉県内でメンタルヘルス不調社員への対応でお悩みの企業は、ぜひ一度弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。
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保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
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