労務

メンタルヘルス問題と使用者の損害賠償責任

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕

監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士

  • メンタルヘルス

今や、従業員のメンタルヘルスに関して、企業が無関心でいることはできません。
従業員のメンタルヘルスが不調になることによって生産性が低下することや、離職してしまうことといった問題にとどまらず、使用者である企業が損害賠償責任を負う可能性もあります。

今回は、メンタルヘルス問題と使用者の損害賠償責任について、解説したいと思います。

目次

従業員のメンタルヘルス問題に伴う企業リスク

メンタルヘルスとは、厚生労働省によると、「体の健康ではなく、こころの健康状態」のことを意味するとされています。
したがって、従業員のメンタルヘルス問題というのは、従業員の心の健康状態に問題があるということになります。

企業は、従業員に対して、その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする必要がありますから(安全配慮義務)、従業員のメンタルヘルスにも配慮する義務があります。
この義務を怠った場合には、損害賠償責任を負うリスクがあります。

使用者が配慮すべき安全配慮義務とは?

労働契約法第5条に、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とあるように、使用者である企業には、労働者である従業員の健康に配慮する義務を負っています。

安全配慮義務違反で企業に問われる責任

安全配慮義務は、雇用契約に付随する義務として取り扱われていることから、労働者は、この義務違反を理由として債務不履行に基づく損害賠償請求を行うことができます。
また、不法行為責任を理由とする損害賠償請求も同様に行うことが可能です。

中小企業における取締役に対する責任有無

取締役には、会社法上、職務を行うについて悪意又は重大な過失があった時には、第三者に生じた損害を賠償する責任があります(会社法429条1項)。
中小企業における取締役は、自ら労務管理を行っていることもあることから、労働者から、悪意又は重大な過失によって、メンタルヘルス不調に陥らせた責任を取るよう、損害賠償請求を受けることがあり得ます。

損害賠償請求の法的根拠と争点

損害賠償請求の法的根拠は、前記したとおり、債務不履行又は不法行為責任が考えられます。
いずれの場合でも、争点としては、安全配慮義務があったかどうかや、労働者のメンタルヘルス不調が安全配慮義務によるものなのかどうかという点になることが多いです。

使用者が賠償責任を負う範囲

使用者が賠償責任を負う範囲としては、安全配慮義務違反と因果関係がある損害になります。
この損害とは、治療費や通院交通費、休業損害、逸失利益、慰謝料等が考えられます。
メンタルヘルス不調によって休業期間が長引くとか、会社を離職せざるを得なくなった場合などには、高額になっていくこともありえます。

メンタルヘルス問題と損害賠償請求に関する判例

メンタルヘルス問題と損害賠償請求に関する判例としては、有名な電通事件最高裁判決(最判平成12年3月24日)があります。

事件の概要

大手広告代理店に勤務する労働者が、長時間にわたり残業を行う状態を1年余り継続した後に、うつ病に罹患し自殺したという事案です。

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。
労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。
これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」と述べて、企業の損害賠償責任を認めました。

ポイントと解説

判例からもわかるように、長時間労働をさせていた場合にメンタルヘルス不調に至った場合には、安全配慮義務違反と認められやすいところがあります。
同判例の調査官解説では、安全配慮義務違反かどうかについて、業務の量等を適切に調整するための措置を採ることが重要であるとされています。
その意味で、残業が増えている従業員がいた場合には、割り当てる課題を減少させられないかどうかや、人員が補充できないかということに気を配る必要があります。

過失相殺や素因減額による減額の主張は認められるか?

労働者のメンタルヘルス不調の原因が、安全配慮義務にあるだけではなく、労働者の既往症や心因的要因等にもある場合には、割合を考慮して、過失相殺等の理由によって、使用者が負うべき賠償額を減額することが可能です。

もっとも、過労自殺のような事案では減額の主張は認められ難い傾向にあるとも言われており、前述の電通事件においても、自殺者本人の性格などを理由とする減額等については認められていません。

メンタルヘルス問題による労使トラブルを予防するには

メンタルヘルス不調による労使トラブルを予防するためには、労務管理を行って長時間を減らすことや、ハラスメントの予防などを行うこと、従業員同士のコミュニケーションを促進し、風通しの良い職場にしていくことが何よりです。

また、万一メンタルヘルス問題を生じた従業員がいたとしても、休職制度を利用するなどして休養を取らせ、回復した後、復職できるような環境をつくることも大事です。

メンタルヘルス問題に関するQ&A

メンタルヘルス不調の原因が、業務上の理由であるか否かの判断基準を教えて下さい。

メンタルヘルス不調の原因が業務上の理由であるか否かの判断基準については、労災における業務上かそれ以外かに関する認定基準(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号))を参考にするとよいです。
そこでは、対象疾病を発病していること、対象疾病の発病前概ね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないことという3つの要件を満たすかどうかが基準となります。

うつ病発症による損害賠償で、通院にかかったガソリン代を請求されました。通院交通費も会社が負担するのでしょうか?

メンタルヘルス不調が安全配慮義務違反によるものであれば、その治療のための通院交通費も、会社が負担すべき損害とされることが一般的です。

うつ病により社員が自殺した場合、会社はどのような責任を問われるのでしょうか?

債務不履行又は不法行為責任による損害賠償責任を問われる可能性があります。
人が亡くなってしまった場合には、損害額が1億円を超える可能性も考えられます。

安全配慮義務違反による慰謝料を、労災保険から支払うことは可能ですか?

労災保険には、慰謝料という費目がありません。そのため、労災保険から支払うことはできません。

派遣社員のメンタルヘルス問題による賠償責任は、派遣先企業と派遣元企業のどちらが負うのでしょうか?

派遣先、派遣元、ともに賠償責任を負う可能性があります。

直接の雇用関係にない下請会社で働く従業員に対しても、安全配慮義務を負うのでしょうか?

原則として、直接の雇用関係にない下請け会社で働く従後ウインに対して安全配慮義務は負いません。
しかしながら、元請け会社と下請会社の従業員との間にある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係が認められる場合には安全配慮義務を負うと解されています。

過去にメンタルヘルス不調に関連する投薬歴があった場合、損害賠償請求は無効となりますか?

単に投薬歴があったことの一事をもって無効となることはありません。
ただ、安全配慮義務とメンタルヘルス不調の間に因果関係がない(私傷病)ということになって、損害賠償義務を免れることや、過失相殺・素因減額などによって賠償額を減じることができる場合もあります。

採用時にメンタルヘルスの罹患歴がないことを確認しましたが、虚偽の回答であったことが分かりました。損害賠償額は減額できますか?

労働者のメンタルヘルス不調の原因が、労働者の既往症や心因的要因等にもある場合には、割合を考慮して賠償額を減額することが可能ですが、採用時に虚偽の回答をしたことだけで減額できるかは、事案によるとしかいえません。

メンタルヘルス不調が疑われる社員に対し、精神科への受診を勧めましたが応じてくれませんでした。この場合でも会社は賠償責任を負うのでしょうか?

安全配慮義務は尽くしたと認定されれば、会社が賠償責任を負うことはありません。
ですので、単に受診を勧めたものの応じなかったというだけでなく、残業させすぎていないか等といった別の事情も考慮して判断されることになります。

メンタルヘルス問題で請求される損害賠償額は、大企業ほど高額になるのでしょうか?

慰謝料等は勤め先によって変わるわけではありませんので、大企業であればある程高額になるわけではありません。ただ、休業損害等の消極損害は、給料が高ければ高額になりますので、その意味で大企業の方が高額になることはありえるでしょう。

メンタルヘルス不調で休職・復職を繰り返す社員を解雇することは違法ですか?

休職は解雇猶予の制度ですから、休職・復職を繰り返している社員を解雇することは違法になりやすいです。
休職期間満了による退職・解雇という手がありますが、仮に労災=業務起因性がある場合には、解雇制限がかけられますので違法になる点にご注意ください。

上司のパワハラによるうつ病発症で慰謝料を請求されました。パワハラの事実を確認するにはどのような方法がありますか?

パワハラの事実を確認するためには、当事者間のメールのやり取りなど形に残る証拠や、周囲の人間への聞き取り等が考えられます。

適正なメンタルヘルス対策を講じることで労使トラブルを予防することができます。不明点があれば、まずは弁護士にご相談ください。

企業にとって、メンタルヘルス不調の労働者の問題は、現代社会において無視できない問題です。
また、対処を間違ってトラブルに発展することも多く、労使トラブルに発展しやすい分野でもあります。
他方で、適正なメンタルヘルス対策を講じることで、従業員の生産性向上にもつながることから、企業としても、力を入れていくべき分野です。

もっとも、法的に判断や対処が難しいところもあり、就業規則で休職規程がどうなっているかなどもかかわってくることから、労働法に詳しい専門家である弁護士の関与は、必須と言ってよいでしょう。
埼玉県内でメンタルヘルス問題にお悩みの企業は、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕
監修:弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長
保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
埼玉弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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