労務

懲戒解雇と退職金について|懲戒解雇する社員に退職金を支払う必要はあるか?

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕

監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士

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懲戒解雇を行う際、多くの経営者や人事担当者の方は、退職金についても悩まれるのではないでしょうか。長年会社に貢献してきた従業員であっても、懲戒解雇を行うほどの重大な非違行為があった場合には退職金の支払いを拒否、あるいは減額したいと考えるのは自然なことでしょう。

ただ、退職金は労働基準法では賃金の一種と解釈されており(同法11条)、その不支給や減額は慎重な判断を要します。今回は、懲戒解雇した場合における退職金の取り扱いについて解説いたします。

懲戒解雇する社員に退職金を支払う必要はあるのか?

退職金は、法律によってその支払いが義務付けられているものではありません。

もっとも、企業が就業規則(退職金規程)、あるいは労働契約によって退職金の支払い制度を設けている場合には、労働契約の内容となり、企業は支払義務を負います。

退職金の減額や不支給は法律上問題ないのか?

ただ、退職金と一口にいっても、就業規則上、特に算定方式を苦際することなく、その功労に報いる趣旨で支払うことがある旨の記載があるだけのものや、就業規則や労働契約に何らの記載がなく経営者の判断によって任意で払うもの、算定方式が就業規則上明らかなものまでさまざまなものがあります。

このうち、算定方式が明らかでないものについては、労働の対償としての賃金とみることは無理があるため、任意恩恵的な給付に過ぎないことになります。

こういったものは、減額したり不支給としても法律上問題ありません。

就業規則に退職金を支給する旨を定めていた場合は?

反対に、就業規則などで算定基準等が明記されている場合には、労働の対償としての賃金と解されることとなり、不支給や減額には法律上の問題が生じます。

もっとも、退職金が賃金としての性質(一般に賃金後払いの性質と言われます)を有するとしても、功労報償という側面もあることから、就業規則において、退職金の不支給・減額の条項を定めておくことで、不支給や減額をすることが可能となります。

懲戒解雇を理由とした退職金の減額・不支給が認められる条件とは

ただ、懲戒解雇を理由としても、退職金の減額・不支給を肯定するには、労働者が行った減額事由、不支給事由に該当する事実が、「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為」であることが必要となってきます。

これについては懲戒解雇の有効性や相当性と被るところもありますが、仮に懲戒解雇としては有効・相当であるとしても、全額を不支給とはしがたい場合もあるため、それを超えた背信性を裏付ける事実が認められる必要があります。

就業規則や退職金規程にはどのように定めておくべきか?

懲戒解雇時に退職金の減額や不支給を検討する場合、その根拠となる規定を就業規則や退職金規程に明確に定めておくことが不可欠です。規定がなければ、そもそも減額・不支給の措置をとることは困難です。

また、懲戒解雇した場合に限定せず、「懲戒解雇に相当する行為をした者」等と、懲戒解雇事由があるものの普通解雇等に留めた場合にも配慮した規定としておくことが肝要です。

そして、退職金が支払われた後に懲戒解雇事由が発覚した場合に備え、返還請求権に関する規定も設けておくことが望ましいです。

退職後に懲戒事由が発覚した場合、退職金を返還してもらえるか?

従業員が自己都合で退職し、退職金も支払われた後に、在職中の重大な非違行為(横領など)が発覚するケースがあります。

この場合、支払った退職金を返還させることができないか疑問を持たれることかと思います。
このようなケースにおいては、就業規則等に退職金返還請求権に関する明確な規定があれば、その規定に基づいて返還を請求できます(ただし、減額・不支給が認められる場合。)。

もっとも、返還規定がない場合であっても、退職金不支給ないし減額事由がある場合には退職金請求権が本来は発生していないといえるため、不当利得返還請求が可能であると考えられています。

競業避止義務と退職金について

退職後の競業避止義務違反を理由に、退職金を減額・不支給とする規定を設ける企業もあります。この場合は、在職中の競業であるか、退職後の競業であるかで判断が分かれます。

在職中はともかくとして、退職後の競業である場合、明示的な合意や就業規則の定めがない限り、禁止することはできないので、それを理由として退職金を減額することはできません。

他方で、明示の規定や合意があったとしても、強要行為の禁止の内容が必要最小限であり、十分な代償措置が取られている場合に限って、退職金の減額があり得ると考えられています。

懲戒解雇による退職金の不支給が認められた判例

不支給が認められた裁判例としてトヨタ車体事件(名古屋地判平成15年9月30日)があります。

事件の概要

本件は、自動車車体メーカーである被告(トヨタ車体株式会社)にデザイナーとして40年以上勤務していた労働者が、懲戒解雇され退職金を不支給とされたことに対し、その無効を主張して退職金の支払いを求めた事案です。

懲戒解雇事由としては、取引先へのリベートや接待の強要でした。

裁判所の判断

「デザイン部課長職という地位と、これに伴う実質的な発注権限等を濫用して問題の行為に及んだもので、その内容は、いずれも本件被告取引を切られるという相手方の恐怖心や困惑に付け込んだ、恐喝ないしこれに準じる悪質な行為というべき」等と指摘し、被害額も1800万円以上と多額であること等から、退職金不支給とした判断は相当であると判断しました。

ポイント・解説

従業員の長年(40年以上)の功績があったとしても、それを完全に無に帰せしめるほどの悪質な非違行為が存在する場合には、退職金の「全額不支給」も是認され得ることを示したことにポイントがあります。特に、管理職という高い倫理観を求められる立場にある者が、その地位を悪用して不正な利益を得る行為に対しては、司法が極めて厳しい評価を下すことが示されています。

懲戒解雇による退職金の不支給が認められなかった判例

退職金の不支給は認められなかった事例としてヤマト運輸(懲戒解雇)事件(東京地判平成19年8月27日)があります。

事件の概要

本件は、大手貨物自動車運送事業者である被告(ヤマト運輸株式会社)にセールスドライバーとして34年間勤務していた原告が、業務外の酒気帯び運転を理由に懲戒解雇され、退職金を不支給とされたことに対し、退職金の支払いを求めた事案です。

裁判所の判断

「退職金は,賃金の後払いとしての性格を有し,企業が諸々の必要性から一方的,恣意的に退職金請求権を剥奪したりすることはできない。このような見地からは,上記(2)の退職金不支給とする定めは,退職する従業員に長年の勤続の功労を全く失わせる程度の著しい背信的な事由が存在する場合に限り,退職金が支給されないとする趣旨と解すべきであり,その限度において適法というべきである」「原告は他に懲戒処分を受けた経歴はうかがわれないこと,この時も酒気帯び運転の罪で罰金刑を受けたのみで,事故は起こしていないこと,反省文(甲1)等から反省の様子も看て取れないわけではないことなどを考慮すると,上記原告の行為は,長年の勤続の功労を全く失わせる程度の著しい背信的な事由とまではいえない」と判断し、不支給との判断のうち3分の2の減額のみが有効と判断しました。

ポイント・解説

トヨタ車体事件と同様に、賃金の後払いとしての性格から、勤続の功労を抹消する(まったく失わせる)背信行為があった場合に不支給を有効としており、そこまでは言えないと判断しました。懲戒解雇が有効と判断された場合であっても、事案によっては減額のみが認められることを示したところにポイントがあります。

懲戒解雇時の退職金で不明点があれば、労働問題を得意とする弁護士にご相談下さい。

懲戒解雇に伴う退職金の不支給・減額は、社内秩序の維持等にも関わる重大な問題です。就業規則上の定めの適正さが求められるだけでなく、事実関係に即して不支給とすべきか減額とすべきかの判断を求められる等、企業の担当者が悩むポイントが多い問題でもあります。

規程が足りない場合や、判断を誤った場合、後の労働審判や訴訟に発展し、企業が多大な時間的・金銭的コストを負担するリスクがあります。

こういった場合には、労働問題を得意とする弁護士などの専門家の助力が必要不可欠です。埼玉県内で懲戒解雇時の退職金にお悩みの企業は、ぜひ一度、弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。

埼玉法律事務所 所長 弁護士 辻 正裕
監修:弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長
保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
埼玉弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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