
監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
遺産相続において、「寄与分」という言葉を耳にされたことはありますでしょうか。
これは、被相続人の財産の維持または増加に特別な貢献をした相続人がいる場合に、その貢献を相続財産の分配において考慮する制度です。例えば、長年にわたり被相続人の事業を手伝ってきた、あるいは献身的な介護を行ってきたといったケースが考えられます。
しかし、この寄与分を主張するにあたり、いつまで請求できるのか、つまり「時効」はあるのかという疑問が生じることがあります。本記事では、寄与分の請求期限の有無、「特別寄与料」の制度とその期限について、詳しく解説いたします。相続人間での公平な遺産分割を実現するため、これらの知識は非常に重要となります。
目次
まずは知っておきたい「寄与分」の意味
寄与分とは、共同相続人の中に、被相続人の事業に関する労務の提供または財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした者がある場合に、相続財産の価額からその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、各相続人の相続分を計算し、その寄与をした者に対しては、前記控除後の相続財産から算定された相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする制度です(民法第904条の2第1項)。
平たく言えば、被相続人の財産を増やすことに貢献したり、財産の減少を防いだりした場合に、その貢献度に応じて他の相続人よりも多くの財産を受け取ることができる仕組みと言えます。これは、相続人間の実質的な公平を図るために設けられています。
寄与分が認められるための要件
寄与分が認められるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
まず、寄与行為を行った者が共同相続人であることです。 次に、その寄与行為が「特別の寄与」であると評価される必要があります。 これは、夫婦間の協力や親族間の扶養義務の範囲を超える程度の貢献を指します。
さらに、寄与行為によって被相続人の財産が維持された、または増加したという結果との間に因果関係が必要です。 そして、その寄与行為が無償で行われたものであることも求められます。
寄与分に時効はあるのか?
結論から申し上げますと、令和7年(2025年)現在、寄与分の請求権そのものに、民法上の消滅時効の規定は存在しません。 つまり、「何年以内に請求しなければ権利が消滅する」といった明確な期限はありません。
しかし、これは無制限にいつでも主張できるという意味ではありません。寄与分は、遺産分割協議または遺産分割調停・審判の中で主張し、他の相続人との間で合意するか、家庭裁判所に認めてもらう必要があります。 したがって、遺産分割が一度成立してしまうと、その後に寄与分を単独で主張することは原則としてできません。
例外的に、遺産分割協議が無効であった場合や、相続人全員の合意によって遺産分割をやり直す場合には主張の余地がありますが、実際には困難なケースが多いと言えます。
昔の寄与分が認められにくいのは本当?
寄与分に時効はないと説明しましたが、あまりにも古い時期の寄与行為については、事実上、認められにくい傾向があります。これは、時の経過とともに証拠が散逸し、寄与の事実やその程度、財産の維持・増加との因果関係などを客観的に証明することが難しくなるためです。
例えば、数十年も前の被相続人の事業への貢献や療養看護について、具体的な内容や貢献度を裏付ける資料(日記、帳簿、医療記録、第三者の証言など)が乏しくなりがちです。そのため、寄与分を主張する際には、できる限り早期に、かつ具体的な証拠を収集・保全しておくことが重要となります。
「特別寄与料」には期限があるため注意!
平成30年(2018年)の相続法改正により、令和元年(2019年)7月1日から「特別寄与料」という新しい制度が施行されました。
これは、相続人以外の親族(例えば、相続人の配偶者など)が、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより、被相続人の財産の維持または増加に特別の寄与をした場合に、相続人に対して金銭の支払いを請求できるというものです(民法第1050条第1項)。
従来の寄与分制度では、相続人でなければ寄与が認められませんでしたが、この制度によって、例えば長年、義父母の介護に尽くしてきたお嫁さんなども、その貢献に応じた金銭的評価を受けられる道が開かれました。
この特別寄与料の請求権には、明確な期間制限が設けられているため、注意が必要です。
特別寄与料の消滅時効
特別寄与者が、相続の開始及び相続人を知った時から6か月を経過したときは、特別寄与料の請求権は時効によって消滅します(民法第1050条第2項)。
これは、権利を行使できることを知った時から進行する主観的起算点の時効です。したがって、相続発生の事実と、誰が相続人であるかを知った時点から、迅速に請求の意思表示をするか、法的手続きに着手する必要があります。この6か月という期間は比較的短いため、特に留意が必要です。
特別寄与料の除斥期間
上記の消滅時効とは別に、特別寄与料の請求権には除斥期間も定められています。相続開始の時から1年を経過したときも、特別寄与料の請求はできなくなります(民法第1050条第2項)。
この1年という期間は、特別寄与者が相続の開始や相続人を知っていたかどうかに関わらず、相続開始時から進行する客観的起算点の期間制限であり、中断や停止といった時効の概念が適用されません。つまり、この期間が経過すると、権利は確定的に消滅してしまいます。
寄与分を主張するためのポイント
寄与分を適切に主張し、認めてもらうためには、いくつかの重要なポイントがあります。まず、どのような行為が「特別の寄与」にあたるのかを具体的に整理し、それを客観的に裏付ける証拠を収集することが不可欠です。
例えば、事業への貢献であれば、具体的な業務内容、期間、無償性を示す資料(給与明細がないことの証明など)、事業の収益状況の変化を示す資料などが考えられます。療養看護であれば、介護記録、医療機関の領収書、要介護認定の資料、他の親族が関与していなかったことを示す証言などが有効です。
また、他の相続人に対して、感情的にならず冷静に、かつ具体的に寄与の事実と内容を伝える努力も重要です。可能であれば、遺産分割協議の初期段階から弁護士に相談し、法的な観点から主張を整理し、適切な証拠収集のアドバイスを受けることをお勧めします。
寄与分を請求する流れ
寄与分を請求する一般的な流れは、まず相続人間での遺産分割協議において主張することから始まります。
ここで他の相続人全員が寄与分を認め、その額についても合意に至れば、遺産分割協議書にその旨を明記し、合意内容に従って遺産を分割します。しかし、相続人間で話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てます。
調停では、調停委員が間に入り、各相続人の主張を聞きながら、合意形成を目指します。調停でも合意に至らない場合は、自動的に遺産分割審判に移行し、裁判官が一切の事情を考慮して寄与分の有無や額を判断し、遺産分割の方法を決定します。
特別寄与料の場合は、相続人に対する協議を求めることから始め、まとまらなければ家庭裁判所に調停または審判を申し立てることになります。
よくある質問
遺産分割協議後に寄与分を主張することはできますか?
原則として、一度有効に成立した遺産分割協議の後に、寄与分を単独で追加主張することはできません。 遺産分割協議は、相続財産の分配について相続人全員が合意した内容を確定させるものです。したがって、その合意内容に寄与分が含まれていないのであれば、後から覆すことは困難です。
ただし、遺産分割協議自体に詐欺や強迫があった場合や、相続人全員が協議のやり直しに合意した場合など、例外的な状況では再度主張できる可能性も残されていますが、ハードルは高いと言えます。
特別寄与料の時効を延長することは可能ですか?
特別寄与料の消滅時効(相続の開始及び相続人を知った時から6か月)については、民法の時効の更新(旧中断)や完成猶予(旧停止)の規定が適用される余地があります。 例えば、相続人に対して請求の意思を内容証明郵便で通知したり、協議を行う旨の合意をしたり、家庭裁判所に調停や審判を申し立てたりすることで、時効の完成が猶予されたり、時効期間が新たに進行を開始(更新)したりする場合があります。 しかし、除斥期間である「相続開始の時から1年」については、その性質上、延長することはできません。
夫の親(被相続人)を介護した妻にも寄与分は認められますか?
夫の親(被相続人)を妻が介護した場合、妻自身は夫の親の相続人ではないため、原則として「寄与分」を主張することはできません。 寄与分は、あくまで共同相続人のみが主張できる権利です。
しかし、このようなケースこそ、令和元年(2019年)7月1日から施行された「特別寄与料」の制度が活用される典型的な場面です。 妻は、被相続人の親族(子の配偶者)として、無償で療養看護等を行い、被相続人の財産の維持または増加に特別の寄与をしたと認められれば、相続人に対して特別寄与料を請求することができます。
寄与分はできるだけ早い段階で主張することをおすすめします。まずは弁護士にご相談下さい。
これまで述べてきましたとおり、寄与分の主張には時効こそありませんが、遺産分割が成立した後では事実上主張が困難になります。また、特別寄与料には明確な期間制限があります。
いずれの場合も、証拠の収集という観点からも、相続開始後できるだけ早い段階で専門家である弁護士に相談し、ご自身の状況が寄与分や特別寄与料の主張に該当するのか、どのような証拠が必要か、どのように手続きを進めていくべきかについて、具体的なアドバイスを受けることを強くお勧めいたします。早期の相談が、ご自身の正当な権利を実現し、円満な相続解決に繋がる第一歩となります。相続に関するお悩みは、一人で抱え込まず、まずは経験豊富な弁護士にご相談ください。
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- 保有資格
- 弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)