監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
遺産分割に関する協議が成立しても、その後、遺産分割協議に瑕疵があったことが判明することがあります。このような場合に当初の遺産分割協議が無効となる場合があるのは当然として、どのような場合に遺産分割協議が無効となり、逆にどのような場合に瑕疵があったとしても遺産分割協議自体は有効(または、遺産分割協議の一部は有効)とされるのでしょうか。
わずかな瑕疵があった場合も含めて全て遺産分割協議を無効としてしまえば。遺産分割協議の安定性を著しく害することになります。一方で、遺産分割協議の安定性を重視するがあまり、そのような瑕疵がなかったとすれば遺産分割協議の内容が大きく変わっていたであろう場合も含めて、これを有効とし、他の共同相続人に対する価格賠償等のみ認め救済を図るというのも妥当ではありません。
当事者の意思の尊重と取引の安全等様々な要素の考慮を要する問題であるといえます。
目次
はじめに
遺産分割協議の瑕疵とその効力をいかに解するべきかについて述べる前に、これに関連して、前提とするべき事項について確認します。
遺産分割協議について、これに意思表示の瑕疵等が存在し、これが無効となり得るような場合はもちろん、瑕疵が存在しないような場合でも、当事者全員が既になされた遺産分割協議の内容にとらわれずに遺産分割協議を行うことに合意すれば、当然に、改めて遺産分割協議を行うことができます。
当初の遺産分割協議に真に瑕疵が存在するのかが争いになり、円滑に再分割の協議がなされない場合には、まず再分割協議の前提として、これと並行して、遺産分割協議無効確認の訴えを提起する等の手続を行う必要があるでしょう。
遺産分割協議の瑕疵とその効力
遺産分割協議の瑕疵には、以下に述べるものの他、遺産分割協議の時期、方法、遺産自体の瑕疵(実は遺産に属せず他人のものであった等)、遺産評価の誤り等様々な原因が考えられるところですが、本記事では比較的よく問題になる原因ついて言及し、その場合の遺産分割協議の効力をいかに解するべきかについて述べていきます。
相続人の一部を除外して遺産分割協議がなされた場合
遺産分割協議は本来、共同相続人全員の自由な意思表示によりなされるものですから、戸籍上判明している相続人を除外してなされた遺産分割協議は無効です。
たとえ共同相続人の一人が所在不明であった場合でも、不在者財産管理人を選任して、遺産分割協議を行うことができますから、所在不明であることを理由に当該共同相続人を遺産分割協議から除外することはできません。
遺産分割協議後に相続人であることが判明又は確定する場合があります。例えば死後認知判決が確定した場合、相続人である胎児が出生した場合、離婚無効又は離縁無効判決が確定した場合などが考えられるところです。
民法上明文の規定が存在するのは、相続の開始後認知によって相続人となった者を除外して遺産分割協議がなされた場合です(民法910条)。
この場合には、当該相続人は、遺産分割協議の無効を主張することはできず、他の共同相続人に対して価格賠償請求をすることができるにとどまります。
他の遺産分割協議後に相続人であることが判明又は確定する場合に、遺産分割協議が無効となるかは、結局のところ、どこまで遺産分割協議の安定性を重視するかということに関わります。
遺産分割協議の安定性を重視すれば、上記民法910条を類推適用し、遺産分割協議自体は有効とした上で、価格賠償により当該相続人の保護を図ることになります。
判例は、母子関係存在確認で勝訴した子が存する場合につき、民法910条を類推適用することはできないと判断しました(最二小昭和54年3月23日民集33巻2号294頁)。
このように判例は、民法910条が類推適用を限定的に解しており、上記例示した相続人である胎児が出生した場合、離婚無効又は離縁無効判決が確定した場合には、これらの共同相続人を除外してなされた遺産分割協議は無効となる可能性があります。
遺産の一部の脱漏
遺産分割協議をした後に、未分割の遺産が存在することが判明した場合に、これを除いてなされた遺産分割協議を無効として、未分割の遺産を加えて遺産分割協議をするべきなのか、それとも、遺産分割を無効とはせずに新たに判明した未分割の遺産のみを分割すればよいのでしょうか。
この問題は、意思表示の瑕疵の問題に帰着するもので、新たに判明した未分割の遺産の重要性によるものと考えられています。
つまり、当事者が新たに判明した遺産があることを知っていたとすれば、当初の遺産分割協議でそのような意思表示はしなかったであろう場合には、当初の遺産分割協議は錯誤により取り消されるもので、遺産分割協議を無効として、未分割の遺産を加えて遺産分割協議をするべきということになります。
新たに判明した未分割の遺産が重要なものではなく、遺産分割をやり直すまでの必要性がない場合には、当該遺産のみを分割すればよいということになります。
意思表示の瑕疵
前述のとおり、遺産分割協議は共同相続人全員の自由な意思表示によりなされるべきものですから、遺産分割協議の意思表示には、民法総則の規定が適用され、錯誤、詐欺等による意思表示は取り消すことができます。
遺産分割協議後に遺言があることが判明した場合
遺言の内容によってその場合の処理が変わってくるところですから、以下大きく、遺言により相続人資格に変更が生じる場合と遺産の処分に変更が生じる場合に分けて述べていきます。
(1) 相続人資格に変更が生じる場合
まず、認知に関する遺言の場合、これによって相続人となった者がいたとしても、これは前記2.1記載の問題で、民法910条が類推適用され、遺産分割協議が無効とはならないでしょう。
次に廃除の遺言の場合、廃除の審判が確定し、これによって遺産分割協議をした相続人の1人が相続人ではないことになったときには、基本的には、その者が遺産分割協議に加わったことにより、相続順位に変更をきたすか否かによって遺産分割協議の有効性に関する判断が大きく異なることになります。
例えば、当初の被相続人の配偶者とその子によって当初の遺産分割協議がなされた後、被相続人の子について廃除の審判が確定し、第2順位の被相続人の父母が相続人となるような場合には、相続順位に変更をきたすものといえ、当初の遺産分割協議は、前記2.1の共同相続人の一部を除外してなされた遺産分割協議となり、無効となります。
相続順位に変更をきたさない場合の当初の遺産分割協議の効力についてはケースバイケースと言わざるを得ません。
相続人ではないことになった相続人が取得することとされた財産の重要性、その財産の価値が遺産全体に占める割合等諸般の事情が考慮され、その者が遺産分割協議に参加していなかったとすれば、協議の内容が大きく異なるか否かというような場合には遺産分割協議を無効とする判断がされ得るでしょう。
(2) 遺産の処分に変更が生じる場合
ア 遺贈の場合
単独包括遺贈の場合には、遺産分割の対象である遺産が存在しないことになりますから、当初の遺産分割協議は当然に無効となります。
割合的包括遺贈の場合、これが相続人でない者になされた場合には、当初の遺産分割協議は、遺産分割協議の当事者を除いてなされたものといえ、無効なります。前記2.1の問題です。
相続人に対して割合的包括遺贈がなされた場合には、当該相続人がそのような遺言があることを知っていれば当初の遺産分割協議をすることに応じたのかという意思表示の瑕疵の問題になります。
特定遺贈の場合、その対象となった財産についての部分では遺産分割協議は無効ですが、遺産分割協議全体が無効となるかは、その財産が当該遺産分割協議との関係でどれだけ重要なものであったかによることになるでしょう。前記2.2の問題と同じような考え方をすればよいことになります。
イ 相続させる旨の遺言の場合
包括して相続させる旨の遺言がある場合には上記単独包括遺贈と同じような処理になります。
特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言がある場合は、特定遺贈の場合と同じように考えます。
このほか相続分の指定等、様々な内容の相続させる旨の遺言が想定されますが、そのようあ遺言があったと知っていれば当初の遺産分割協議がされることになったのかということに帰着し、意思表示の瑕疵の問題として処理していくことになります。
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最後に
以上のとおり、遺産分割協議に瑕疵があったとしても、それによって遺産分割協議が無効となるかの判断は専門知識を必要とするものです。また瑕疵があったか否かは、結局のところ、意思表示の瑕疵に帰着し、事実認定の問題となることが多く、争いになった場合に瑕疵があったと判断されるのかの見通しを立てることも専門知識が必要とされるでしょう。
そうであるとすれば、遺産分割協議の瑕疵及びその効力についての見通しを立てて、それを前提に他の相続人に対して再度の遺産分割協議を求めていくことにも専門知識が必要といえます。したがってこのような問題に直面した場合には弁護士に相談されることをお勧めします。
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- 保有資格
- 弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)