監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
亡くなられた方(被相続人)が認知症の場合でも、遺言書に効力は認められるのでしょうか。また、効力が認められる場合があるとすれば、効力の有無はどのように判断するのでしょうか。
本記事では、遺言書の有効性の判断基準や、裁判例をご紹介しています。
これから遺言書を作成しようとされている場合や、生前認知症だった方の遺言書を発見した場合など、認知症の方の遺言書の有効性に関してお悩みの方は、本記事をご覧ください。
目次
認知症の方が書いた遺言書に効力はあるのか
認知症の方が作成した遺言書であっても、遺言書の効力が否定されるとは限りません。
遺言書の効力との関係で、認知症の方の場合に一番問題となるのが、遺言書を作成した時点における「遺言能力」(民法第963条)の有無です。
「遺言能力」とは、遺言の内容と、遺言によって生じる法律効果を理解できる能力のことです。
この遺言能力がなければ、遺言書は被相続人の意思に基づくものといえないため、遺言書は無効となります。
遺言能力の有無は、医師の診断だけはなく、次のような事情を総合的に考慮して判断されます。
①遺言者の年齢
②心身の状況及び健康状態とその推移
③発病時と遺言時の時間的関係
④遺言時及びその前後の言動
⑤日頃の遺言についての意向
⑥遺言者と受贈者との関係、遺言の動機
⑦遺言内容の複雑性
以上のような事情を総合的に考慮した結果、認知症との診断を受けている場合でも遺言能力が認められるケースもあれば、認知症との診断を受けていなくても遺言能力が認められないケースもあります。
遺言の効力について争いがある場合、最終的には、遺言無効の裁判といった手続きを取ることになります。裁判上、裁判官は、①~⑦のような事情を総合的に考慮して、被相続人の遺言能力の有無について判断を下します。
有効と判断される場合
遺言書が有効と認められるのは、遺言能力が認められるケースです。
具体的には、認知症との診断がされていても、遺言の内容が「相続人の一人に全財産を相続させる」という単純なものであるというケースであれば、被相続人が遺言の内容と法律効果を認識していたとして、遺言能力が認められる場合もあります。
また、上記のような遺言の内容で、相続を受ける相続人が、長期間にわたって被相続人と同居して世話しており、被相続人もその相続人に相続させるという意思を以前から表明していたようなケースでも、遺言能力が認められる場合があります。
無効と判断される場合
遺言書が無効と認められるのは、遺言能力が認められないケースです。
具体的には、遺言内容が非常に複雑であったり、自分の名前や生年月日、子どもの名前や人数といった事実を答えられなかったりするケースでは、被相続人が遺言の内容と法律効果を認識していたとはいえず、遺言能力が認められない可能性が高くなります。
もっとも、遺言能力の有無は、あくまで事情を総合的に考慮して判断するため、個別の事情からは遺言能力が疑われるようなケースでも、遺言能力が認められる場合もあります。
公正証書遺言で残されていた場合の効力は?
公正証書遺言は、公証役場に出向き、公証人や証人の立ち会いのもとで作成する遺言を指します。
公正証書遺言の場合、被相続人本人が手書きで自作する自筆証書遺言と異なり、公証人が被相続人の意思を確認するというプロセスを挟みます。そのため、自筆証書遺言と比較すると、遺言書が有効となる可能性は高くなります。
しかし、公正証書遺言であっても、必ずしも遺言書が有効となるとは限りません。
過去の裁判例では、公正証書遺言を作成された方が中等度から高度のアルツハイマーとの診断を受けていたケースで、公証人が遺言内容を読み上げて本人の意思確認をしているものの、遺言内容が複雑であったことから、遺言能力を否定して、遺言書が無効であると判断されたこともあります(横浜地判平成平成18年9月15日)。
認知症の診断が出る少し前に書かれた遺言書がでてきた。有効?無効?
認知症との診断後に遺言書が作成されたケースに比べると、遺言書が有効であると判断される可能性は高くなります。
もっとも、作成時点で認知症と診断されていなかったからといって、遺言書が有効であるとは限りません。
例えば、遺言書の作成から期間を空けずに、認知症の診断がなされている場合、遺言書を作成した時点での遺言能力がなかったのではないかと疑われるため、遺言が無効と判断される可能性はあります。
診断書は無いけど認知症と思しき症状があった…遺言書は有効?無効?
医師が作成する診断書は、認知症などの直截の裏付けとなり、遺言能力の判断にあたって重要な証拠となります。しかし、診断書が存在しないからといって、必ずしも認知症でなかったとは限りません。
遺言能力の判断にあたっては、診断書以外の証拠、例えば、病院のカルテ(診療録)、介護事業者のサービス提供記録、遺言者本人や同居人の日記などから、認知症の症状の有無や、遺言能力が認められるかを判断することになります。
これらの事情を総合して、診断書は存在しないものの認知症の存在が認められる場合は、遺言能力は否定されます。
まだら認知症の方が書いた遺言書は有効?
まだら認知症とは、認知症の症状が偏ってあらわれる場合をいいます。例えば、直前の食事を覚えていないとなど記憶能力に問題があるものの、会話は問題なくできるなど判断能力には問題がないようなケースがあります。
まだら認知症の方が書いた遺言書の有効性が認められるかは、症状の内容や程度、遺言内容の複雑性、遺言書作成時や前後の言動から、総合的に判断することになります。
まだら認知症の方の場合は、特に遺言書作成当時の症状の内容や程度が問題となることが多いため、作成時にはそれらの症状がきちんと記録に残るようにしておくことが重要です。
認知症の方が書いた遺言書に関する裁判例
遺言書が有効と判断された裁判例
認知症の方が作成された遺言書が有効と判断された裁判例として、東京地判平成30年11月20日があります。
この裁判例は、81歳の遺言者Aが、平成22年9月28日に認知症と診断後、平成26年3月20日に公正証書遺言を作成した事案です。遺言の内容は「土地建物はBに相続させる。祭祀承継者もBにする」というものでした。
この裁判例では、遺言自体が平易な内容のものであること、BがAと同居し身の回りの世話をしたという状況から当該内容の遺言をすることが不自然不合理ではあるといえないこと、公正証書作成時に公証人からの質問に受け答えをしていたことから、認知症の診断がされていたものの、遺言能力があったと判断しました。
遺言書が無効と判断された裁判例
認知症の方が作成された遺言書が無効と判断された裁判例として、東京地判平成26年1月30日があります。
この裁判例は、86歳の遺言者Cが、平成17年5月に認知症を発症後、同年6月18日に自筆証書遺言を作成した事案です。遺言の内容は「財産を全てDに相続させる」というものでした。
この裁判例では、判断要素として遺言内容の難易性に着目し、遺言内容自体は全財産を全てDに相続させるという単純なものであり、その内容を理解することは客観的に容易であったとしています。
その一方で、遺言書作成当時のCとDとの人的関係が円満であったと認め難いことや、遺言作成前後の診断書によると認知症の症状が高度に進行していたことを指摘し、遺言能力がなかったと判断しました。
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認知症の方の遺言書については弁護士にご相談ください
認知症の方の作成された遺言書については、医師による診断の有無が重要になる一方、単純に診断の有無によって遺言書の有効性が決まるわけではないという特徴があります。
そのため、生前に遺言書を作成する場合や、死後に遺言書が発覚した場合のいずれでも、他の事情も考慮して、遺言書の有効性が認められるのかを検討することが重要となります。
このような総合的な考慮は、他の事案との比較が必要となりますので、どうしてもご本人では難しい部分があるのではないのでしょうか。せっかくの遺言書が無駄になることがないよう、認知症の方の作成された遺言書の件でお悩みの際は、まずは一度、弁護士にご相談ください。
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- 保有資格
- 弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)