監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
日本では制度上、離婚する際に夫婦のどちらか一方を親権者に定めなければいけないことになっています(これを「単独親権制度」といいます)。このため、夫婦の双方が親権者になることを望んでおり、かつ、夫婦のいずれを親権者にするかが決まっていないような場合には、子供の連れ去りという問題に発展するケースが多く見受けられます。
なぜならば、親権を強く望む一方の親が、相手方に黙って勝手に子供を連れ去ってしまうという事態が起こりやすいからです。
本ページでは、子供の連れ去りとは何か、親権獲得との関係でどのような影響があるのか、子供を連れ去られたときの対処法にはどのようなものがあるのかなどについて、解説していきます。
目次
子供の連れ去りとは
子供の連れ去りとは、夫婦の一方が、相手の合意を得ずに、勝手に子供を連れ去ってしまうことをいいます。
前述したように、子供の連れ去りは、夫婦の双方が親権の獲得を強く望んでいるために、なかなか話し合いが進まないような場合に起こり得る問題です。
子供の連れ去りが起こる要因の1つは、親権者を決める際に、子供と長く一緒に暮らし、その面倒みてきた方の親が有利だとされているからです。実際、裁判所は、親権者を決定する際に、監護の継続性を重視する傾向があるため、子供の連れ去り別居が、親権争いにおいて有利になる面があることは否定できません。
しかし、子供を連れ去った際のやり方や経緯などによっては、かえって裁判所に悪い印象を与え、親権者を決める際に、不利になることもあります。
子供の連れ去りは親権獲得に影響する?
子供を連れ去った親は、より長く子供と暮らすことができるため、監護実績という点で有利に働くこともあります。しかし、他方で、子供の連れ去った際のやり方や経緯から、親権獲得に不利になる場合もあります。
例えば、連れ去り方があまりにも強引であったり、子供の意思に反して無理やり連れ去ったりするなど、子供の利益に反するような形で連れ去りが行われた場合には、親権者としての適格性が疑われ、親権争いで不利になる可能性があります。
子供の意思で付いていった場合はどうなる?
子供の意思は、親権が決定される際の考慮要素の1つです。したがって、子供の意思という観点で、親権獲得に影響する場合があります。
特に、15歳以上の子はその意見を裁判所が聞かなければならないという規定があるので、子供の意思という点は、重要な考慮要素の1つになり得ます。また、15歳未満の子についても、できるかぎり当人の意見をくみ取ろうとする工夫が講じられており、子供の意思に対して様々な配慮がなされています。
このため、年齢的にも成熟している子供が、自らの意思で一方の親と暮らしたいと表明しており、それが他の観点から見ても問題ないようなケースでは、子供の意思に沿った判断が下されることが多いとされています。
子供が連れ去られたときの対処法
自分の子供が連れ去られてしまった場合、慌てて自力で連れ戻そうとする方が多いかもしれません。しかし、この方法には大きなリスクがあります。なぜならば、連れ戻し方や経緯によっては、刑事責任に問われたり、大きなトラブルに発展したりする可能性があるからです。
このため、突然子供を連れ去られたような場合でも、まずは法的手続きに則って対処することが望ましいです。子供を取り戻す法的手続きとしては、以下のようなものが挙げられます。
子の引き渡し調停(審判)
第1に、「子の引き渡し調停」が挙げられます。これは、家庭裁判所の裁判官や調停委員などの第三者に間に入ってもらったうえで、当事者間の話し合いによって解決を目指す手続きです。
ただし、この手続きはあくまでも当事者間の話し合いより解決を図るものであり、実効的な解決という点では不十分な面があります。なぜならば、連れ去りにまで発展している夫婦間において、合意を成立させることはあまり現実的ではないからです。
このため、調停が不成立になることを見越して、はじめから「子の引渡し審判」の申立てを行う場合が多いです。調停と異なり、審判では、裁判所が子供を引き渡すべきかどうか判断することになります。
審判前の保全処分(仮処分)
第2に、審判前の保全処分(仮処分)が挙げられます。これは、子供の引き渡しを仮に認めてもらうよう求める手続きです。
監護親による虐待やネグレクトなど、子供の身に危険が生じている場合で、かつ裁判所の判断を待っている時間的余裕がない場合に、「子の引渡し審判」とセットで申し立てることが多いです。
引き渡しに応じない場合は「強制執行」が可能
子の引き渡し請求等の家事手続きにより引渡しが決定したにも関わらず、任意の引渡しに応じない場合には、「強制執行」という手段により取り戻すことが考えられます。強制執行には大きく分けて、「直接強制」と「間接強制」の2種類があります。
直接強制とは、相手の家や保育園など現に子供がいる場所に執行官が直接赴いて、実際に子供を連れて帰るものであり、家庭裁判所の出す決定に従って行われます。直接強制は、間接強制を行ったにもかかわらず相手方が子供の引き渡しに応じなかったり、子供の生活が脅かされていたりする場合に行われます。
これに対して間接強制とは、子供を引き渡さない相手方に対して、家庭裁判所が一定の金銭の支払い義務を課することにより、相手方に心理的な圧迫を加え、間接的に子供の引渡しを促す方法のことです。
人身保護請求
家事事件手続きによって、子供の引渡しが認められたにも関わらず、相手方が一向に子供を引渡さず、これに対する強制執行も実現しないような場合には、「人身保護請求」をすることが考えられます。
人身保護請求は、子供を取り戻す手続きの最終手段として位置付けられています。というのも、人身保護請求が認められるのは、「顕著な違法性」があるような一定のケースに限られるからです。例えば、正当な理由なく子供を拘束している場合や、子供の心身の健康が阻害されている場合などがこれにあたります。
なお、人身保護請求を行う場合には、原則として弁護士に代理人を頼む必要があります。
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国際離婚における子の連れ去りと「ハーグ条約」
ハーグ条約とは、正式名称を「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」といい、不法に他国に連れ去られた16歳未満の子について、連れ去られる以前の子の常居所地国に迅速に返還することを目的とした非常応急手続です。この条約は、国内でも2013年に5月に承認されました。
これは、国境を越えた子供の不法な連れ去りや留置をめぐっての紛争に対応するために、子供を元の移住国に返還するための手続きや親子の面会交流の機会を確保するために締結国間で協力しようと定めた条約です。
子供が外国から日本に不法に連れ去られたり、日本に留め置かれたりした場合、子供と離れて暮らす親は日本の裁判所に子供の返還を求める手続きや面会交流の申立てをすることができます。ハーグ条約は日本も加盟しており、現在(令和4年10月1日時点)締結国は101ヶ国となっています。
子供の連れ去りを防止するための対策
子供の連れ去りを防止するための対策としては様々なものが考えられますが、離婚前の対策としては「子の監護者の指定調停(審判)」が考えられます。これは離婚前に、裁判官や調停委員に間に入ってもらい当事者間で話合うことで、別居した際の子供の監護者を事前に決めておくものです。
ただし、調停という手続きは、あくまでも当事者間の合意によって監護者を決めるものです。このため、話し合いがうまくいかずに調停不成立となれば、審判に移行することになります。調停と異なり、審判では、裁判所が一方的に監護者を指定することになるため、審判によって監護者として指定されれば適法に子供を連れて別居することが可能になります。
子供の連れ去りに関する裁判例
東京高裁令和元年12月10日決定
事案の概要
この裁判例は、妻が夫の同意なく勝手に未成年(別居開始当時4歳)の男児を連れ去った事案です。
別居するまでは約6年間にわたり同居していましたが、その間、平日は主に妻が子供の監護を担当していました。
その後、妻が夫に対する暴行、傷害を理由に逮捕、勾留され、勾留中に両社の間で「将来離婚する際には、夫を親権者とする」旨の示談が成立したため、妻は釈放されます。
しかし、そうした合意が成立していたにも関わらず、妻は釈放の約1ヶ月後に夫に無断で子供を連れ去り別居を開始しました。このため、夫が審判前の保全処分として未成年者の仮の監護者の指定及び仮の引渡しを求めたというのが、事件の経緯です。
裁判所(東京高裁)の判断
原審のさいたま家裁川越支部は、「親権者指定条項を定めた趣旨に違反し、未成年を違法に連れ去ったと評価するほかな」いとして、夫側の上記申し立てを認容しました。
これに対して、抗告審である東京高裁は、①上記示談の際に決められた親権者に関する合意はあくまでも相互協力に努めることを確認的なものにすぎないこと、②示談書作成の経緯などに鑑みると親権者指定に関する合意はそれほど重視できないこと、③別居前までの子供の監護を主に妻側が担当していたことなどを指摘したうえで、妻の行動は違法な子の連れ去りに当たるとはいえないとして、原審を取り消し、申立てを却下しました。
子供の連れ去りについてのQ&A
子供の連れ去りは違法ですか?
子供の連れ去りは、連れ去りの態様や原因によっては、違法とみなされるケースがあります。
例えば、子供の親権争いが激化する中で子供を連れ去った場合や、子供が嫌がっているにも関わらず無理やり連れ去った場合、面会交流の際に乗じてそのまま無断で連れ去った場合などには、違法と判断され得ます。
他方で、子供を連れ去っても違法と判断されない場合もあります。
例えば、虐待やDVなどが行われていた場合や、子供の心身を害するほど生活環境が阻害された状況にあった場合などです。こうしたケースでは、正当な理由があると判断されることが多いです。
妻が子供を連れ去りました。父親が親権を得るためにできることはありますか?
親権者の決定は、①従前の子供との結びつきや養育状況、②子供の年齢や意思、③親の健康状態、④離婚後の生活環境、⑤離婚後の経済状況などの客観的要素から判断されます。このため、父親側で十分な養育環境を整えておくことは、親権を得るために重要になってきます。
また、子供を連れ去られてしまった場合には、できるだけ速やかに子供の引き渡しの審判や監護者指定の審判を申し立てる必要があります。なぜならば、時間が経過すればするほど、父親側にとって不利な状況になり得るからです。
連れ去られた子供を相手に黙って連れ戻しても良いでしょうか?
連れ去られた子供を自力で無理やり連れ戻すことには、様々なリスクがあります。事実関係によっては、刑事責任を問われたり、トラブルを複雑化させたりするおそれもあります。こうしたトラブルの激化を防ぐためにも、まずは、法的な手続きに則って対処することが大事だといえます。
面会交流時に子供を連れ去られたら親権も奪われてしまいますか?
面会交流時に子供を連れ去られたからといって、直ちに親権を奪われることにはなりません。
前述したように、面会交流時に無断で子供を連れ去ることは違法行為にあたるため、連れ去った親側にとっては親権者を決めるに際して不利な事情と評価され得ます。また、こうした面会交流時の連れ去りは、今後の面会交流を制限できる理由にもなり得ます。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
子供の連れ去りに関するご相談は、経験豊富な弁護士にお任せください
子供が連れ去られた場合、実力行使で取り戻すことには様々なリスクがあります。取り戻しの態様や状況によっては違法とみなされたり、親権者指定において不利に働いたりする可能性があるからです。このため、まずは、家庭裁判所の調停・審判を利用するなど、適法な手続きに則って進めていくことが大事です。
ただし、こうした手続きを、ご自身だけでスムーズかつ適切に進めることは難しい場合もあります。特に、子供が連れ去られたことで感情がかき乱され冷静に対処できないケースも多く見受けられます。心身が不安定な状況で、無理に自力で解決しようとすると、かえって良くない結果を招く可能性さえあります。
そのため、子供の連れ去りが起こった場合には、まずは法的知識や経験が豊富な弁護士に相談することをお勧めします。これは、単に専門的なアドバイスを受けることができるだけでなく、他人に相談することで、自身の状況を客観的に把握し、気持ちを落ち着けることにもつながります。
弁護士法人ALGは、離婚をはじめとする家事事件を数多く取り扱っており、子供の連れ去りをめぐる事案に関する知見やノウハウを多く持っています。
依頼者の方にとって適切な解決の道筋を示せるよう、全力でサポートさせていだきます。
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- 保有資格
- 弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)