監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
別居中の配偶者から生活費(婚姻費用)を請求された際、相手の勝手な別居や離婚を前提としていることなどを理由に、支払いを拒否したいと考える方は少なくありません。
しかし、法律上、婚姻費用の分担は夫婦の義務であり、自己判断で拒否することは大きなリスクを伴います。
この記事では、婚姻費用の支払いを拒否できる例外的なケースや拒否し続けた場合のリスクなど適正な額に減額するための方法について解説します。
目次
婚姻費用の支払いは拒否できない
原則として、婚姻費用の支払いを完全に拒否することはできません。
民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」と定めています。
この「婚姻から生ずる費用」がいわゆる婚姻費用であり、夫婦が別居していても、法律上の夫婦である限り、収入の多い側(義務者)は少ない側(権利者)に対して、自分と同程度の生活水準を保持させる義務(生活保持義務)を負います。
そのため、単に「相手の顔を見たくない」「離婚するつもりだ」といった理由だけで支払いを拒否することは、法律上認められません。
拒否できる可能性があるケース
原則として支払いは必須ですが、例外的に支払いを拒否、あるいは大幅に減額できるケースがあります。
それは、婚姻費用を請求する側(権利者)に、婚姻関係破綻の主な原因がある場合です。
具体的には、権利者自身が不倫(いわゆる不貞行為)を行って家を出て行った場合などが該当します。
このような場合、自身の不始末で別居しておきながら生活費を請求することは信義則に反するとして、請求が認められない、または、子どもの養育費相当分にまで減額されることがあります。
相手が勝手に別居した場合は?
相手が勝手に家を出て行ったのだから、生活費を渡す必要はないと考える方も多いですが、単に無断で別居したというだけでは、支払いを拒否する正当な理由にはならないことが一般的です。
相手が同居しないことを理由に婚姻費用の支払を拒否できるのは、社会通念上、極めて例外的な場合に限られます。
単に夫婦喧嘩の末に家を出た、実家に帰ってしまったという程度では、婚姻費用分担義務は消滅しないと判断されるのが通常です。
婚姻費用の支払いを拒否し続けるリスク
話し合いがまとまらないからといって婚姻費用の支払いを勝手に止めてしまうと、以下のようなリスクが生じます。
婚姻費用の支払い義務は、請求した時から発生すると考えられています。
支払いを拒否して調停や審判が長引いたとしても、最終的には申立時まで遡って未払い分を一括で支払うよう命じられる可能性が高く、その場合には数百万円単位の多額の債務を負うことになりかねません。
調停や審判で金額が確定したにもかかわらず支払わない場合、相手方は裁判所に強制執行を申し立てることができます。
生活費を渡さないということは、離婚訴訟において悪意の遺棄や婚姻を継続し難い重大な事由として、有責性の判断で不利に働く可能性があります。
また、親権争いにおいても、子の養育環境を顧みない親としてマイナス評価を受けるおそれがあります。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
婚姻費用の支払いを減額することはできる?
一度決まった婚姻費用であっても、その後に事情変更があった場合には、減額を求めることができます。
事情変更とは、合意や審判の当時には予測できなかった事情の変化を指します。
具体的には以下のようなケースで減額が認められる可能性があります。
- リストラによる失業や病気による休職、倒産など、自己の責任によらない理由で収入が激減した場合
- 専業主婦だった妻が就職して収入を得るようになった場合
- 義務者が再婚して扶養すべき家族が増えた場合や、子どもが就職して自立した場合
などが挙げられます。
弁護士の介入により婚姻費用を減額できた事例
婚姻費用の減額が認められた事例を紹介します。
妻が子を連れて別居し、夫名義の自宅に住み続けているケースで、夫は別居後も住宅ローンを支払い続けていました。この場合、夫は自分の住居費と妻子の住居費(住宅ローン)を二重に負担している状態となります。
妻は夫の負担によって住居費の支払いを免れていると主張し、標準的な算定表の金額から、妻の収入に応じた標準的な住居関係費を控除するよう求めました。
裁判所はこの主張を認め、夫が支払うべき婚姻費用から一定額(妻の住居費相当額)を差し引く決定をしました。
このように、単に算定表の数字を当てはめるだけでなく、個別の事情(住宅ローンの負担など)を主張することで、減額が認められるケースがあります。
婚姻費用の拒否に関するQ&A
離婚を前提として別居しているため婚姻費用の支払いを拒否したいです。可能ですか?
原則としてできません。
離婚を前提としていても、離婚届が受理され戸籍上の夫婦関係が解消されるまでは、婚姻費用を支払う必要があります。
離婚協議中だから払わないという対応は、未払い分を累積させるだけであり、得策ではありません。
子供と会わせてもらえないことを理由に婚姻費用の支払いを拒否できますか?
原則としてできません。
面会交流と婚姻費用の支払いは、法律上別の問題として扱われます。会わせてくれないなら金は払わないという主張は認められません。
面会交流が実現しないことへの不満がある場合は、婚姻費用の支払いを止めるのではなく、別途面会交流調停を申し立てるなどして、適切な交流のルールを決める必要があります。
生活が苦しいため婚姻費用の支払いが難しいです。拒否できますか?
完全に拒否することは難しいですが、減額の余地はあります。
生活が苦しい場合でも、自己と同程度の生活を相手にも保障する必要があるため、支払い義務自体は減免されにくい傾向にあります。
しかし、失業や病気などで収入が著しく減少し、算定表の基準通りに支払うと自身の最低生活費すら維持できないような場合には、その状況を説明することで、支払い額の減額が認められる可能性があります。
算定表で決めた婚姻費用を支払っています。子供の進学費として追加で請求されているのですが、拒否できますか?
義務者の承諾がない私立学校の学費などは、拒否できる可能性があります。
家庭裁判所が使用している算定表の金額には、公立学校の教育費相当額があらかじめ含まれています。したがって、公立学校の費用であれば追加で支払う必要はありません。
私立学校の学費や塾代などの高額な教育費については、義務者がその進学や通塾を承諾していた場合や、義務者の収入・学歴等から見て不合理でない場合を除き、原則として加算は認められません。
そのため、承諾していない高額な費用については、支払いを拒否できる可能性があります。
なお、ここでいう承諾とは、明らかに承認しているような場合だけではなく、黙示的な承認(黙認)を含みますのでご注意ください。
婚姻費用の支払いを拒否したいと思ったら弁護士にご相談ください
婚姻費用の支払いは、原則として拒否できませんが、相手方に不貞行為などの有責性がある場合や、ご自身の経済状況が急変した場合など、例外的に減額や免除が認められるケースがあります。
しかし、自己判断で支払いを止めてしまうと、給与の差し押さえなどの強制執行を受けたり、離婚条件で不利な立場に立たされたりするリスクが高まります。
相手の請求額に納得がいかない、住宅ローンを払っているのに二重払いはきつい、相手が不倫をして出て行ったといった事情がある場合は、適正な金額を算定し直すことで、負担を軽減できる可能性があります。
交渉や調停において、法的な根拠に基づいた適正な主張を行うためにも、まずは弁護士にご相談ください。

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- 保有資格
- 弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
