
監修弁護士 辻 正裕弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所 所長 弁護士
- 企業で発生するハラスメント問題について
職場においてパワーハラスメント(パワハラ)が発生した場合、その責任は加害者本人だけに留まりません。会社も使用者として法的責任を問われる可能性があります。
従業員から会社に対して、パワハラを理由とする損害賠償請求をされる事案も増えており、労働審判の申立てや訴訟を提起されることも増えてきています。
本記事では、労働審判が提起された際に、会社側が主張すべき反論に関し、パワハラ発生時に会社が負う責任の内容、法的根拠、そして講じるべき対策について、裁判例も交えながら解説していきます。
目次
- 1 パワハラが発生したとき、会社はどのような責任を負うのか?
- 2 パワー・ハラスメントが会社に与える影響
- 3 会社にはパワハラ防止策を講じる義務がある
- 4 パワハラ事案における会社の法的責任
- 5 会社が責任を負う法的根拠とは?
- 6 パワハラ事案において会社の責任が問われた判例
- 7 パワハラで労働審判を申立てられたら
- 8 パワハラと会社の責任に関するQ&A
- 8.1 職場のパワハラにあたる行為にはどのようなものがありますか?
- 8.2 パワハラの損害賠償請求において、会社は加害者に求償権を行使することができますか?
- 8.3 パワハラが発生したとき、会社はまずどのような対応を取るべきでしょうか?
- 8.4 会社の飲み会でパワハラがあった場合にも、使用者責任は問われますか?
- 8.5 パワハラ事案で使用者責任が免責されるケースはありますか?
- 8.6 不法行為責任はいつまで追及されるのでしょうか?時効はありますか?
- 8.7 パワハラ加害者に何らかの処分を下していない場合、会社は法的責任を問われるのでしょうか?
- 8.8 パワハラと適正な指導との線引きについて教えて下さい。
- 8.9 パワハラで損害賠償を請求された場合、社外に公表されるのでしょうか?
- 8.10 パワハラ被害者が派遣労働者の場合、会社は使用者責任を負うのでしょうか?
- 9 パワハラ問題では会社への責任が問われます。お悩みなら一度弁護士にご相談下さい。
パワハラが発生したとき、会社はどのような責任を負うのか?
職場でパワハラが発生したとき、単なる従業員同士のトラブルとして片付けることはできません。
会社は、従業員に対して職場環境配慮義務や安全配慮義務を負っているのであり、違法なパワハラを見過して従業員に損害を与えた場合には、従業員に対して直接損害賠償責任を負います。
また、パワハラの加害者も会社の従業員であることから、使用者として加害者とともに損害賠償責任を負うこともあります。
この他、企業の社会的信用の失墜や、職場環境の悪化による生産性の低下といった、経営上の深刻なダメージも負いかねません。
パワー・ハラスメントが会社に与える影響
パワハラは、被害者の心身に深刻なダメージを与えるだけでなく、会社の生産性にも様々な悪影響を及ぼします。
パワハラが横行する職場で働きたいという方はいないため、従業員の士気が下がり、チームワークが乱れ、結果として生産性が著しく低下します。
また、優秀な人材が働きがいを失って離職することや、新人が定着せずに採用コストばかりが増加してしまうといった恐れもあります。
この他、SNSが興隆した現代においては、パワハラがあったと外部に知られやすい環境にあります。
外部にパワハラが知られれば、ブラック企業との評判が立ち、企業のブランドイメージや社会的信用も大きく損なわれます。
そして、被害者から訴訟や労働審判を申し立てられた場合に、多額の損害賠償金の支払いを命じられるリスクもあります。
パワーハラスメントは会社にとって百害あって一利なしと言って過言ではないでしょう。
会社にはパワハラ防止策を講じる義務がある
令和2年6月1日に施行された改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)により、事業主(会社)には職場におけるパワハラを防止するための措置を講じることが法律で義務付けられました。
なお、中小企業は2022年4月1日から義務化となっています。
労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の成立
パワハラ防止法によると、事業主は、以下の措置を講じる必要があります。
- ①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
- ②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- ③職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
- ④併せて講ずべき措置 (プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)
これらの措置を怠った場合には、会社がパワハラ被害者に対して直接の損害賠償責任を負うリスクが高まります。
パワハラ事案における会社の法的責任
会社がパワハラ事案で問われる民事の損害賠償責任に関する主な法的な責任に関しては、使用者責任、不法行為責任、債務不履行責任の3つが考えられます。
使用者責任
「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」(民法715条1項)とされています。
パワハラは業務に関連して行われるものですから、加害者とともに、会社はこの使用者責任を問われることになります。
不法行為責任
使用者責任とは別で、会社自身がパワハラの発生を助長した、あるいは防止策を怠ったなど、会社固有の過失が認められる場合に、会社が直接問われる責任です。
債務不履行責任
会社は労働契約に基づき、従業員が安全で健康に働ける職場環境を提供する義務(職場環境配慮義務・安全配慮義務)を負っています。
パワハラのある職場環境を放置することは、この義務に違反する債務不履行にあたり、被害者に対する損害賠償責任が発生します。
会社が責任を負う法的根拠とは?
会社が上記損害賠償責任を負う主な法的根拠は、使用者責任については民法第715条1項、不法行為責任については 民法第709条、債務不履行責任については民法第415条1項と考えらえます。
裁判では、これらのいずれか、または複数の責任が認められ、会社に損害賠償が命じられます。
パワハラ事案において会社の責任が問われた判例
会社の従業員であった夫が自殺したのは、会社の代表取締役等による暴言、暴行及び退職強要といった職場におけるパワーハラスメントが原因であるとして、従業員の妻子が会社及び代表者などに対して損害賠償を求めた裁判例があります(名古屋地判平成26年1月15日)。
事件の概要
同事件の従業員は、日ごろから、「ばかやろう」「てめえ」等の汚い言葉で叱られたり、頭を叩かれたり、蹴られたりしていたところ、自身のミスによって会社に損害が生じた際「会社を辞めたければ7000万円払え。」、「今やめたら、金払わなくちゃいけないからな」など代表取締役から伝えられ、退職届に返済する旨の記載を強要されていたところ、遺書を作成したうえで自殺したという事案です。
裁判所の判断
裁判所は、上記事実等を認定したうえで、心理的ストレスが増加し、急性ストレス反応を発症したと認めるのが相当と判断し、この急性ストレス反応により、自殺するに至ったと認め、パワーハラスメントと自殺との間の相当因果関係を認め、会社及び加害者である同社代表取締役に対して損害賠償責任(計5400万円程)を認めました。
ポイントと解説
上記裁判例のポイントとしては、パワーハラスメントと自殺との因果関係を認めたことや、加害者のみならず会社に直接責任を認めたところにあります。
パワハラで労働審判を申立てられたら
労働審判は、裁判よりも迅速かつ柔軟な解決を目指す手続きです。
迅速な解決を目指す手続きであることから、実施回数や期限がタイトに設定されているため、従業員から労働審判を申し立てられた場合には、会社は速やかに弁護士に相談し、事実関係を正確に把握した上で、適切な主張・立証を行う必要があります。
初回の期日で和解の話し合いがもたれることも多く、会社の対応次第で、第1回期日において早期解決が可能になる場合もあります。
パワハラと会社の責任に関するQ&A
職場のパワハラにあたる行為にはどのようなものがありますか?
厚生労働省は、パワハラの代表的な言動の類型として、以下のパワハラ6類型を挙げています。
①身体的な攻撃(暴行・傷害)
②精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
パワハラの損害賠償請求において、会社は加害者に求償権を行使することができますか?
はい、できます。ただし、従業員に対する求償請求に関しては、信義則上相当と認められる限度に制限されることが一般的です。
パワハラが発生したとき、会社はまずどのような対応を取るべきでしょうか?
まずは、事実関係の迅速かつ正確な調査が最優先です。
被害者と加害者、双方から公平に事情を聴取し、必要であれば第三者からも話を聞きます。プライバシー保護には最大限配慮し、客観的な証拠(メール、録音など)の有無も確認します。
会社の飲み会でパワハラがあった場合にも、使用者責任は問われますか?
たとえ勤務時間外の飲み会であっても、実質的に業務の延長と見なされる場合(例:歓送迎会など参加が強制されている場合)には、職場におけるパワーハラスメントであることが認められ、会社が使用者責任を問われる可能性があります。
パワハラ事案で使用者責任が免責されるケースはありますか?
法律上は、会社が加害者の選任・監督について相当の注意を尽くしていたことを証明できれば免責されるとされています(民法715条1項ただし書)。しかしながら、事実上、免責されるのは非常に困難です。
不法行為責任はいつまで追及されるのでしょうか?時効はありますか?
はい、あります。不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は、原則として被害者が損害及び加害者を知った時から3年間または不法行為の時から20年間です。
ただし、パワーハラスメントに伴って被害者がけがをしたり、精神疾患を負った場合には、特則の規定が適用され(民法724条の2)、被害者が損害及び加害者を知った時から5年に延長されます。
基本的には5年と想定しておくことをお勧めいたします。
パワハラ加害者に何らかの処分を下していない場合、会社は法的責任を問われるのでしょうか?
はい、問われる可能性が非常に高いです。
パワハラの事実を認定したにもかかわらず、加害者に対して適切な処分(懲戒処分や配置転換など)を行わないことは、会社の安全配慮義務違反や不法行為と見なされ、法的責任を追及される要因となります。
ただし、安易に懲戒解雇とする場合には過剰な処分となって、解雇無効とされるリスクもありますので、具体的な処分については弁護士に相談いただくのがよろしいでしょう。
パワハラと適正な指導との線引きについて教えて下さい。
業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な指導はパワハラにはあたらないとされています。
この線引きは総合的に判断されますが、人格の非難をしているかどうかといった視点が1つのポイントになるでしょう。
パワハラで損害賠償を請求された場合、社外に公表されるのでしょうか?
請求されただけで社外に公表されることはありません。ただ、裁判における判決は原則として公開されますので公表されることになるでしょう。
もっとも、和解や労働審判での調停で解決した場合は、口外禁止条項が盛り込まれることが多く、公表されないことも多いです。
パワハラ被害者が派遣労働者の場合、会社は使用者責任を負うのでしょうか?
はい、負います。派遣労働者に対するパワハラについては、派遣先の会社が、派遣元の会社と共に、使用者としての責任を負うことになります。
パワハラ問題では会社への責任が問われます。お悩みなら一度弁護士にご相談下さい。
以上に見てきたように、パワハラ問題は、加害者個人の問題だけでなく、会社の存続にも関わる重大な経営リスクです。会社が損害賠償責任を負うこともそうですが、生産性の低下や人材の流出など、事業の継続に致命的な影響を及ぼします。
パワハラ防止体制の構築はもちろんのこと、万が一問題が発生してしまった際には、迅速かつ適切な対応をしていく必要があり、これらには弁護士といった労務の専門家の関与が不可欠です。
埼玉県内で従業員のパワハラ問題にお悩みの企業の方は、ぜひ一度弁護士法人ALG&Associates埼玉法律事務所にご相談ください。
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保有資格弁護士(埼玉弁護士会所属・登録番号:51059)
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企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
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